第4話
◆
世界はどこまでも普遍的である。イレギュラーとなるものは存在することはなく、ファンタジーを感じる要素はどこまでもない。だから、世界という存在はあまりにも果てが近すぎる。
私はこの町に縛られている。どこまでもこの町から出ることができないのだろう。
私は何のために毎日勉強を繰り返しているのか。それはこの田舎町から出ることに直結しているのかはわからない。そのすべてが母親のためだと言われれば、それまでのような気がする。私は本当に外に出ることができるのだろうか。未だにその感慨がわかないのだから、どこまでも私の存在はどうしようもない。
従妹と話すたびに私の世界とはどこまでも狭いということを感じずにはいられない。あらゆるものすべてに手が届いてしまう感覚がする。でも、それは狭い田舎町だからこその話であり、本当に触れたいと思うものにはどこまでも触れることができないのだ。
それでも、もし、この町で触れられないものに触れることができたのならば。普通ならば禁忌とされる行為に身を浸すことができたのならば、それから私の世界は変えられるのかもしれない。
だからこそ、私はあの場所に行かなければいけない。
あのあぜ道の十字路。どこまでもここに生きる人間が忌避している場所、そうして忌避している日時に私は行かなければいけない。
──そうか。
私はどこか生贄に違う世界に引きずり込まれることを期待しているのか。
そんなことに気づいてしまう、夜更けの朝。
眠気は取れそうもない。雨の音はいつまでも聞こえてくる。
◇
いつも通りの朝を迎える。いや、いつもと違う結末をたどるからこそ、朝についてはいつも通りを演出しなければいけないのだ。
母は私のとる行動に対して目を見張る。どこか思惑を抱けば、それが行動に出てしまうから、その途端に察されてしまうかもしれないから、あえていつも通りを自分で意識をしなければいけない。
学校についてもいつも通り。この町では禁忌とされているからこそのいつも通り。今夜が新月だということは、この町の住民の誰もが知っている。だからこそ、私が今夜する行動については悟られてはいけないのだ。
いつも通りの学習。いつも通りの友人との会話。いつも通りの普遍的な日々。
いつも通り。いつも通り。いつも通り。
──そうして、いつも通りの日常を送っていると、途端に世界はあからさまなほどに狭いものだと認識してしまう。
あらゆるものが形式ばった世界。繰り返される日常、繰り出される会話、学習させられる内容、あらゆるすべてが、どこか機械的で、どこまでも生きている心地がしない世界。
こんな世界にいて私はいいのだろうか。私はこんな世界を望んでいるのだろうか。よくわからない。
だからこそ、決心は固くなる。どんどんどんどん固くなる。
──どうか、私を異界へと連れて行ってくれ。
そんな願望が、はっきりと形になるのだ。
◇
新月の夜、雨はいつまでも止みそうになかった。
学校から家に帰ることはなく、夕方になってもどこまでも退屈な時間を送り続ける。いつもだったら帰るべき時間でも今日に関しては帰らない。帰ってしまえば、きっと外に出ることはもう叶わない。
家に帰ってしまえば外に出れないことは、私が母に愛されているから、という理由付けをすることができる。それはどこまでも幸福なことなんだろう。
でも、今日は帰らない。だって、今夜は新月なのだから。
◇
新月だから月は見えないが、だいぶと夜も深くなってくる。図書室で過ごしていたけれど、先生の目が訝しいものとなったため、早々と退散して、適当な暗がりでその時を待っていた。
どこまでも暗い視界、世界。私はこんな体験をしたことが今までになかったから、新鮮な気持ちが身を包む。少しわくわくする気持ちがあるのは、狭い世界であっても非現実感を漂わせることができているからなのだろうか。
雨音はいつまでも止まない。傘がはじく水滴が、はみ出している学生鞄に雫を垂らす。地面はぬかるんでいて、そうして足元は掬われそうで仕方がない。でも、それでもいい。
「……行こう」
誰もいないのに独り言。どこか恐怖感を片隅に覚えていたからこそ、声を吐き出してその不安を解消するように私は歩みを進める。
禁忌とされている場所。禁忌が行われていた場所。そこには今も死体が眠っているであろうあぜ道へ。
◇
当たり前だが、その道中に人を見かけることはない。同年代に関しては伝承のことがあるからこそもちろんのこと、好奇心で来る幼い精神性の人間も、大人でさえも、その場所に来ることはなかった。
あぜ道はどこまでも開けている視界なのに、それなのに人を見かけないことがどこか異様だ。それだけ、ここは人が来るには忌避感がある場所なのだろうけれど。
私は、誘われるようにゆっくりと歩きだした。
歩くたびに水音が足元から聞こえてくる。まだどこか心がそれを嫌悪しているけれども、それも自身の本能の中に渦巻く恐怖が抵抗感を示しているだけかもしれない。歩みを進める。
足元が掬われそうな感覚がいつまでも消えることはない。それも恐怖が演出をしているからかもしれない。歩みを進める。
好きにはなれない雨がいまだに降り続いている。私が私を生贄として差し出そうとしているからかもしれない。そのことによる恐怖感はもうそろそろ消えようとしている。歩みは止めない。
──止めない。止めてはいけない、のに。
──足を、動かすことができない。泥に飲み込まれたように、足を動かすことができない。下を見れば、その要因を容易に知ることはできそうな気がする。
だから、足元を見る。
もう、歩くことはできないかもしれない。
足をつかまれている。有象無象ともいえる白い手が、私の足をつかんでいる。
それはひどく冷たい感触だ。雨の冷たさが靴にしみているわけではない。確かな肌の感触として、そこには冷たさが、凍てつくような感触がどこまでも私を掴んでいる。
──ああ、これで私は本当に──。
なぜか、恐怖感よりも安心感が勝るのはなぜなのだろう。私は、どこか走馬灯のように、昔のことを思い出した。
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