三つの箱

島丘

三つの箱

 もし、そこのあなた。ええ、そうです、あなたです。よろしかったら少しお話していきませんか?


 いえ、何も騙そうなどというわけではありません。占い? いえ、わたくし星占いなぞ一度も信じたことはなく。

 勧誘? いいえ、物を売りつけるつもりも、信じる神を押し付けるつもりもありません。


 わたくしはただ、あなたに話を聞いていただきたいのです。そしてもしよろしければ、必要と言うのならば、こちらの箱を差し上げたいのです。


 はい、箱です。ご覧の通りこちらには、三つの箱がございます。

 赤、青、黄色。小さな箱でしょう。拳ほどしかございません。こちらの箱には、あるものが入っております。


 わたくしが話したいのは、この三つの箱についてでございます。

 気味悪がるのも無理はありません。しかし、どうか足を止めていただきたい。


 この箱は、信じられないかもしれませんが、このみすぼらしい紙箱は、それはそれた大層なものが入っているのです。とてもお金などでは換算できない、価値あるものでございます。


 お話さえ聞いていただければ、もちろんタダで差し上げましょう。代金など不要です。


 はい? いえ、ゴミを押し付けるなどとんでもない。再三言いますが、これは価値あるものです。誰にとっても、というわけではありませんが、あなたにとってはそうなるはずなのです。


 犯罪の証拠であったり、飼育できない虫や動物であったり、ましてやゴミなど、とんでもない。そんなものを押し付けるなんて、非道な真似はいたしません。


 どうか、どうかこれだけは信じてください。本当に、本当に価値あるものなのです。


 なぜ価値あるものをタダで渡すというのか。その理由は今は話せませんが、嘘はついていないと約束できます。


 もし話を聞いたあと、万が一にも不要と仰るのならば、もちろん押し付けたりなどいたしません。神だって押し付けやしないのですから。

 だからどうか、どうか話だけでも。


 ……よろしいのですか? ああっ! ああ、なんと慈悲深い! ありがとうございます!


 さぁ、では早速こちらに座ってください。はい、こちらの椅子です。少々古ぼけておりますが、壊れる心配はございません。


 座りましたね? はい、それではお話いたします。



 まず最初に、こちらの赤い箱から話しましょう。はい。あなたから見て右側にある、赤い箱です。


 こちらはとある小さな村で発見されたものです。村の名前は、申し訳ありません。忘れてしまったのですが、現代人なぞとても住める場所ではない、排他的な村だったと聞いております。


 村は今から十年ほど前になくなりましたので、正確には、村の跡地で見つけたということになります。


 はい、なくなったのです。若者がみんな村を出て、年寄りは次々と死んでしまって、それきりです。


 その村の一番大きな家で、こちらの赤い箱は見つかりました。

 標札には不和と書かれておりました。一番大きく、立派で、奇妙な部屋でした。


 どうしました? 大丈夫でしょうか?

 はい、はい、わかりました。それでは話しましょう。


 その家はね、奇妙だったのです。こんなに大きく立派なのに、人の住んでいた気配がまるでなかったものですから。

 何もなかったのですよ。人が生きていくために必要なものが、何一つ。


 文字通り空っぽでした。空っぽの家の中の、一番広い部屋の真ん中に、こちらの赤い箱だけが置かれていたのです。



 次に、こちらの青い箱の話をいたしましょう。あなたから見て左側にある……はい? ええ、赤い箱の話は終わりです。続き? ありませんよ。


 それよりも、青い箱です。こちらは同じ村の学校で発見されました。


 古びた木造校舎で、歩く度にぎしぎしと嫌な音が鳴るのです。なにぶん小さな村なので、クラスというのが一つしかなく、そのたった一つのクラスの教室に、こちらの青い箱がございました。

 テーブルの上にちょこんと、こう、置かれていたのですよ。


 不思議に思い、わたくし、その机の持ち主を確認しました。名前は……はい?

 ええ、ええ、そうです! よくわかりましたね! 不和と書かれた教科書が、見つかったのですよ。



 それでは最後に真ん中の黄色い箱を……どうしました?

 ええ、帰られるんですか。なぜです、もったいない。あともう少しでいいのに。


 嫌な予感がする? なんです、それは。嫌な予感とはなんです。何もありませんよ。ほら、動かないでください。椅子がぎぃぎぃうるさいでしょう。


 なに? 立ち上がれない? そりゃあそうでしょう。それは不和さんの椅子です。


 続きを話しますね。黄色い箱のお話です。


 こちらの黄色い箱は……なんです、なんですか。騒ぎ立てないでください。ほら、もう、ぎぃぎぃとうるさい。騒がしい。騙した? 何がです。人聞きの悪いことを。


 とにかく最後まで聞いてください。やっと役目が終わりそうなんですから。


 黄色い箱は、村の入り口で見つかりました。

 あるんですよ、一応ね。入り口のようなものが。鳥居のようなものが、いえ、正確には違うんでしょうが、そのようなものが立っておりまして。


 その近くにね、落ちていたんです。話す順番こそ最後になってしまいましたが、わたくしが一番最初に見つけたのは、これなんですよ。この黄色い箱です。


 黄色い箱の中をね、わたくしは確認してしまいました。

 箱を開いたのです。開いてしまって、あとはもう、ああ……開いて、しまって。ははっ、そう、それでね。あとはもうどうしようもなくなっちゃったわけですよ。あなたもね、もうわかっているでしょう?


 うるさいでしょう。ぎぃぎぃと。ずっと、耳元で、音がするでしょう。椅子の音ではないのですよ。首を吊った人間が、揺れる音です。ぎぃぎぃと、ぎぃぎぃと、耳元で。


 赤い箱がね、あったでしょう。見つけたのですよ、それを。赤い箱と一緒に、彼女を見てしまって。

 わたくし、腰を抜かして逃げ出しました。けれどおかしなことに、その足が向かったのは小学校でした。


 わたくしは迷わず彼女の教室に行きました。見ましたよ、教科書を。落書きだらけでした。死ね、とか、ゴミ、とか。

 子供というものは恐ろしいですね。そんなことを書いて、怖くないのでしょうか。

 一緒にね、虫の死骸も入っていましたよ。いらないものを、たくさん、たくさん押し付けられていたんでしょう。


 彼女はね、かわいそうに。小さな村で、いじめられていたんです。引っ越して来たんですよ。お母さんがね、そういう生活に憧れて。それで、一番大きな家に住んじゃったの。わたし、本当は嫌だったんだけど、我慢したの。でも、周りの子は、わたしのこと我慢してくれなかったの。我慢してくれなかったから、わたしが我慢するしかないでしょ? ずっと我慢してたんだよ。なのに、なのにずっと、ずっと我慢してたのに。


 ああ、すみません。取り乱してしまいました。なに? うるさいよ。うるさい、ちょっと騒がないで。大きな声出さないで、こわいよ。

 それでね、わたし、みんなのこと許せなかったの。だからね、今度はみんなに、我慢してもらおうと思って。

 そうだよ、我慢。覚えなきゃ。ぎぃぎぃうるさいことくらい、我慢しなきゃ。吉田くんが言ったんじゃない。ぎぃぎぃうるさいって、わたしの椅子蹴ったくせに。わたしが座ろうとしたら、椅子を引いてさ。思いっきり尻もちついて、あんなに痛かったのに、笑ってたでしょ。知ってるよ。ずっと笑ってた。わたしは我慢してたの。だから我慢しなきゃ、それくらい。


 なに? なんで謝るの。変なの、謝らないで。謝らないでよ。ねぇ、それよりどうする?


 どうしましょうか。箱、開きますか?

 話を聞いていただき、ありがとうございます。それで、どうしましょうか。箱、開きますか? こんなにたくさんお話したのは、久しぶりでした。少し喉が乾いて箱、開きますか?

 お勧めは赤い箱です。いいえ、青い箱です。いいえ、黄色い箱です。わたくし、あなたには感謝しています。やっと解放されるのですから。ぎぃぎぃと、ずっともう、うるさくて、仕方なくて。眠れやしない。眠れない。


 はい? ああ、何が入っているのかって? それは開けてからのお楽しみ……と言いたいところですが、ご安心ください。そんなことは言いません。

 何せお話を聞いてくれたのですから。そのお礼に、教えてさしあげましょう。


 それでは、耳を貸してください。一度しか言わないので、聞き逃さないでくださいね。


 箱の中はぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃギィギィぎぃギィぎィぎぃギィギィギィギィぎぃぎぃぎぃギィギィぎぃぎィギィギィギぃぎぃぎぃギィギィギィギィぎぃギィギィギィギィぎぃギィぎぃぎぃ


 はい、それでは、どれにしますか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三つの箱 島丘 @AmAiKarAi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ