第8話 精霊と再契約

「精霊フロストリア様。つまりレント様は剣聖ジェイクの記憶と魂を受け継いでいても、別人格、という解釈でよろしいですか?」


「ええ。ジェイクはこんなに可愛くないわ」


 フロストリアは断言した。

 ボクは衝撃を受けると同時に、納得もした。

 前世の記憶を覗くとき、本を読んでいるような感覚があった。絵と音がついた本だ。とてもリアルに体感できる他人の記憶。

 その知識を自分のものにしているのに、借り物という感覚が拭えなかった。


「なんとなく、そんな気がしていたのです。子供の頃に絵本で読んだ内容や、ほかの伝承などで語られる剣聖ジェイク。それとレント様が、どうしても重ならなくて。記憶はあるけど別人……しっくりきました。道理で剣聖ジェイクに憧れはしても、恋心が芽生えなかったわけです」


 エルシーは得心したという表情で頷いた。

 なんだろう。この言い方だと、ジェイクへの恋心はなくても、ボクに対してはあるみたいに聞こえる。

 まさか。

 前にエルシーがボクにああいうことをしたのは回復魔法の効果を高めるためで、好きとかそういう話じゃない。

 それにエルシーからしたら見たらボクなんて子供だ。

 ボクは彼女を姉みたいに思ってるし、向こうだって弟に接するような感じ……だと思う。

 でも、妖艶なフロストリアを前にすると、エルシーが少女に見える。

 実際、十五歳ってボクと二歳しか違わないんだよね。凄く大人に見えてたけど、実はそうでもない?


「……ねえ。このタイミングで切り出すのは心苦しいのだけれど。レントに頼みがあるの。私と契約の儀式をして。私、力を失いすぎて、存在を保てそうにないの」


 フロストリアは気まずそうに言う。

 確かに彼女は、目の前にいるのに存在感がどこか希薄で、すぐにでも消えてしまいそうだった。


「分かったよ。でも契約って……あ!」


 ジェイクの記憶を手繰って、ボクは恥ずかしくなる。

 精霊と人間の契約。

 それをすれば互いの力を強化し合える。ただ、精霊は自由に動くことができなくなり、人間と行動を共にしなければならない。

 契約の儀式というのは、ずばり性行為だ。

 エルシーとしたようなことを、フロストリアとする……。

 そうしないとフロストリアは消えるかもしれない。


「嫌なら諦めるわ。ジェイクの生まれ変わりであるレント以外と契約するつもりはないし」


「契約するよ! ボクはフロストリアがジェイクと一緒に戦った光景を見てる。フロストリアは数え切れないほどのモンスターや魔族を倒し、外神を何体も倒して、沢山の人を助けて……ジェイクが死んだあともレルグレンド王国の外神を封印してくれていた。そんなフロストリアが消えるなんて嫌だ!」


「ありがとうレント。あなたはジェイクとは違う人だけど、同じくらい優しいのね。私もできるだけ、あなたに優しくするから……」


 フロストリアはベッドに降りてきた。

 これからすることを考えてボクは唾を飲み込む。


「……それでは私は失礼します」


 元聖女のエルシーは、精霊との契約儀式がなんなのか知っている。

 他人が立ち合うようなものじゃない。

 だからボクの寝室から出て行こうと扉に向かい……戻ってきた。


「無理です。レント様が私の知らないところでほかの女と寝るなんて無理です……」


 エルシーは泣いていた。少し涙を浮かべるとかじゃなくて、ハッキリと頬を濡らしていた。


「浅ましい女と思ってくれても結構です。私とレント様は婚約者でも恋人でもありません。私が一方的に慕っているだけです。なのに私はレント様を自分のもののように思っています。誰にも渡したくないのです。せめて契約の儀式を見ていてもよろしいですか……惨めな気持ちになるのは分かっています。それでも……」


 ここまで言われたらボクだって理解する。

 エルシーはボクが好きなんだ。

 どうしたらいいんだろう。

 ボクもエルシーが好きだけど、それが恋愛感情なのか自信がない。


「そう、ね。あなたのレントに対する気持ちに気づいていたのに、それを無視して事を進めようとしてごめんなさい。ねえ、それなら三人でしましょう? 私、レントとエルシーのこと、沢山知りたいわ」


 三人? ああいうのって二人でもするもんじゃないの?


「……レント様さえ、よければ……ぜひ」


 エルシーは今までで一番真っ赤になって、か細い声で呟いた。

 凄くえっちだ、と思った。

 ジェイクではなくレントというボクがそういう感情を持ったのは、生まれて初めてかもしれない。


「わ、分かった……三人でしよう……」


「よろしくお願いします……」


「うふふ。二人ともそんなに緊張しないで。お姉さんが優しくしてあげるから」


 その夜。

 ボクとエルシーはベッドの中で、フロストリアに色んなことを教わった。

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