第7話 精霊フロストリア
国王の執務室にて。
父様、母様、姉様の三人の前で、ボクとエルシーは事情を説明する。
とはいえ説明すべき話は『ボクは剣聖ジェイクの記憶を持っている』という点だけ。
いつ自覚したのかはハッキリしないし、なぜ生まれ変われたかは皆目分からない。
「そうか……レントから剣聖ジェイクの記憶があると前に聞いた覚えがあるが、子供の冗談か妄想だと聞き流していた」
「私もです。そう思って当然でしょう。ですが、ここ最近のレントの活躍を聞けば、前世が剣聖だ、くらいの理由がないと納得できませんし……」
「父上、母上。いまだ半信半疑だろう。レントが外神を倒すところを実際に見た私でさえ、いまだ夢心地だ。しかしあれが夢でないとすれば……レントは剣聖の生まれ変わりなのです」
ボクとエルシーの話。
実際に起きたこと。
姉様の証言。
これだけあれば父様と母様も、信じるほかない。
「そうか……私の息子は、あのジェイクの生まれ変わりなのか。レント……あとでサインしてくれ。実はジェイクのファンなんだ」
「あなた! 息子にサインをねだるなんて……いえ、せっかくだから私ももらっておこうかしら」
「父上、母上! レントの活躍を最も間近で見たのは私だ。ならサインを最初にもらう権利は私にあるのでは?」
「お待ちください、ソフィーナ様。最も間近なのは、私ではありませんか?」
「くっ、言われてみるとそうだ……分かった……最初のサインはエルシーに譲ろう」
なんだかよく分からないけど、四人分のジェイクサインを書くことになった。
父様、母様、姉様の三人が、サインを飾るのに丁度いい額縁を探し始めたので、ボクとエルシーは退室した。
「さすがに今日は疲れたし、もう寝ようかな」
「ではいつも通り、レント様が眠りにつくまでそばに控えております」
「……えっと。病気だったときはお願いしてたけど、もういいよ? 一人でも眠れるから」
「え? レント様の寝顔からしか摂取できない栄養素があるのですが。それを私から奪うおつもりですか?」
「エルシーがそうしたいなら別にいいけど……」
「ありがとうございます♪」
というわけでエルシーは、ベッドの横に椅子を置いて、嬉しそうに微笑みながらボクの顔を見続ける。
そして鼻歌を歌い始めた。
……やっぱり、この鼻歌を聞くと眠気が広がるなぁ。
心地いいまどろみに体を預けていると、鼻歌とは別の声が聞こえた。
(ジェイク……いえ、レント)
女性の声だ。
「エルシー。なにか呟いた?」
「いえ? 鼻歌を歌いながら呟くような真似はできませんが?」
「だよね」
そもそもエルシーの声に似ていなかった。
「レント」
まただ。これは、ああ……そうだ。森で外神を倒したときに聞こえた声だ。
「……私にも聞こえました……何者です!」
エルシーは立ち上がり、腰から剣を抜こうとする。が、残念ながら今は帯剣していなかった。
「ごめんね。驚かせたわね。けれど敵意はないと分かって頂戴」
声はさっきよりも明確になった。そしてボクの中から力が飛び出していく。
その力は水色の光となり、形を変え、女性の姿を浮かび上がらせた。
水色の髪と瞳。白い肌。人ならざる美しさ。
「精霊フロストリア。やっぱり、あの外神を封印していたのは君だったんだ」
ボク自身は精霊と会うのは初めてだ。けれど剣聖ジェイクは何体もの精霊と言葉を交わした。その中でも、このフロストリアとの関係は深い。
なにせフロストリアは、氷と剣を司る精霊。
ジェイクは彼女と契約してから急激に成長し、剣聖と呼ばれる剣士になったのだ。
「あのまま何百年も何千年も、私はあの外神を封印し続けるものと思っていたわ。それがまさか、ジェイクの生まれ変わりが来て、私を解放してくれるなんて。運命なんて信じてなかったけど……ふふ、これからは少しは信じるようにするわ」
フロストリアは宙を漂いながら、腕をボクの頬に伸ばした。
触れたところからじかに感じた気配で、ボクの懸念は確信に変わる。
「フロストリア。ジェイクと一緒にいた頃より弱くなってるね? だから森で君だと分からなかったんだ」
「……ええ。あなたは本当にジェイクの記憶を持っているのね。そうよ。私は自分の大半を切り裂いて、あなたの前世を殺した外神イグニートの封印に使ったの」
「そんな……そんなに力を失った状態で、外神をもう一体封印してたの?」
「あなたが、いえジェイクが悪いのよ。勝手に死んで私をひとりぼっちにするから。自暴自棄になって、外神と心中しようとしても、無理ないと思わない?」
「それは……えっと」
ボクは即答できなかった。
ジェイクとフロストリアは、人間と精霊だけど、愛し合っていた。男と女の関係だった。
その記憶はボクの中にあるし、光景を思い浮かべることもできる。
けれど、どこか他人事なのだ。
「やはりね。あなたはジェイクの生まれ変わりだけど、ジェイクそのものじゃないわ。ジェイクだったら四の五の言わずに私の口を塞いで、会えなかった三百年分、激しく愛してくれるもの」
かもしれない。あの人はそういう人だ。なのにボクは違う。
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