第5話 メイドに剣術を教えてみたら天才だった
長官から借りた本を読み、忘れぬうちにメモをとったり、書かれている技を実際にやってみたり。
楽しすぎて時間が進むのが早い。
エルシーが晩御飯を運んできて、それで日が暮れていると気づく。
食事しながらの読書は行儀が悪いと叱られる。
そのあとも読みふけっていたら「いい加減に寝てください」とベッドに押し込まれた。仕方なく眠ったふり。するとランプを持っていかれてしまった。
だけど大丈夫。
暗視魔法の項目を読んだばかりだ。
「凄いや。カーテンを閉めきって月明かりさえないのに……読めるぞ」
ページをめくるたびに知識が増える。
楽しいなぁ。前世で剣の修行を始めたばかりの頃を思い出す。
覚えることが沢山あるからこそ、成長の余地しかなかった。
それを続けていると、ある日、壁にぶつかって成長がピタリと止まる。
でも愚直に壁に向き合い、乗り越えると、おどろくほどの力が手に入る。
楽しかった。
あの修行の日々を、もう一度やれるんだ。
「属性変換に挑戦しよう。これができれば一気に魔法師っぽくなるぞ」
指先に集中。
雷をイメージして放つ。するとバチッと閃光が広がった。
成功だ。続いてロウソクのような火を出して、それから微風を起こす。
「凄いなぁ。自由自在だなぁ。こんな奇跡みたいなことをボクがやってるんだ。前世のボクも魔法を覚えればよかったのに」
ボクは興奮してくるくる回ってからベッドにダイブする。
時計を見たら、そろそろ日付が変わりそう。
さすがに寝たほうがいい。実際、眠い。だけどもう少しだけ――。
「あれ? 窓の外から、剣の素振りの音がする」
しかし剣聖の素振りとは、あまりにも違う。
今、外で素振りしている人は、技術が優れているとは言いがたい。
力任せに振り続けているだけ。
愚直なのは分かる。回数をこなしているのも分かる。
きっと指導してくれる人がいなくて、漫然と繰り返しているのだ。
ボクはお節介な気分になり、ベランダから身を乗り出した。
そして驚く。
素振りしていたのは、ボクが最も信頼するメイドだった。
どうして? 寝る前の運動?
それにしたって本気なのが伝わってくる。
本人に聞くのが一番早いね。
彼女がいつも掃除に使っているホウキを手に取る。魔力を流して強度アップ。
「エルシー」
そう呼びかけてから、二階のベランダから飛び降り、ホウキを振り下ろした。
「っ!?」
かつて聖騎士と行動を共にしただけはあり、さすが反射神経はいい。
危なっかしい姿勢ながらも見事、剣でホウキを受け止めた。
「レント様、どうして」
「どうしてはこっちの台詞なんだけど。まあ、いいや。とりあえず打ち合おう。こっちからいくよ」
「え、速っ――」
ボクはエルシーがギリギリ防げるようにホウキを振り回す。それを繰り返すだけで彼女の剣さばきがマシになるよう仕向ける。
うん。やっぱり反射神経はいいし、体力もある。
これなら上達が早いぞ……って、早すぎないか!?
こうして欲しいと思ったとおりに動いてくれる。
つまりボクの手のひらの上なんだけど、剣聖の手のひらから技を吸収していく。
「はっ!」
踏み込み。体幹の力の入れ方。剣の握り具合。
さっきまで素人そのものだったのに、今やベテランのそれだ。
鋭い一撃がボクのホウキを叩いた。腕が軽く痺れる。
「よし、ここまで。凄いよエルシー。わざと下手な振りしてたとかじゃないよね?」
「今の一撃……本当に私が? まるで熟練の剣士のような……いえ、それよりも! レント様の剣術こそなんですか!? 魔法も体術も説明がつきませんが、剣術はその比ではありません。聖騎士団にだってレント様ほどの剣士はいませんでした」
「ボクの剣は、剣聖ジェイクの剣だよ」
「剣聖……?」
「今までにも何度か、ボクの前世は剣聖だって話したよね?」
「ええ、もちろん覚えています。けれど……」
「信じてなかった? 無理もないけどね。ボク自身、確信できたのは、こうして動けるようになってからだし。それまでは妄想じゃないかって思ったよ」
「はい……レント様が外の世界に憧れる余りに見た夢なのかと……ですが、今なら信じられます。むしろ剣聖の記憶くらいなければ、レント様の強さが説明できません」
「信じてくれてありがとう。それで、エルシーが素振りしていた理由は?」
「……お恥ずかしながら……実はずっと剣士に憧れていたのです」
小さな頃に読んだ絵本。それに出てくる剣士が格好良くて、自分もそうなりたいと思った。
しかしエルシーのリーンベル家は、回復魔法師の家系だ。その中でも抜群の才能を持って生まれたエルシーが剣士になりたいだなんて、口に出せるような空気ではない。
そのまま聖女となり、呪いを受けて捨てられ、レルグレンド王国に拾われて、今に至る。
もうすっかり手足が伸びた。立派な大人と言うには早いが、小さな子供でもない。
なのに絵本の剣士をたまに思い出して、いつか自分もなれたらいいなぁと空想する。
空想だけでは近づくことさえできないので、給金で中古の剣を買った。そして真夜中、誰もいない時間を狙って、素振りする日々。
「あの。秘密にしてくださいね? 元聖女が剣士になりたがってるなんて、恥ずかしいので……」
エルシーは目を伏せて呟く。
「別に恥ずかしくないと思うけど。それにしてもエルシーが剣士になりたいだなんて、想像もしてなかったよ」
五年も一緒にいて、彼女のことはなんでも知っているつもりだった。
そんなのは錯覚だった。
「メイド剣士って格好いいと思う。しかもエルシーは回復魔法を使えるから、メイド魔剣士だよ。最高に恰好いいじゃん」
「ありがとうございます! レント様にそう言っていただけると励みになります!」
「ところで、その絵本の剣士ってどんな剣士なの?」
「それが……ますます照れくさいことに……剣聖ジェイクなのです。幼い頃に憧れた人の記憶をレント様が持っているなんて……」
「へえ。それはなんかボクも照れるなぁ」
「剣聖ジェイクを襲ってしまったなんて……」
「襲った?」
ボクは一瞬なんの話か分からなかった。
でもすぐに思い至る。
死にかけたあの日、エルシーが跨がって腰を降ろしてきた光景を思い出して、顔が熱くなった。
「あれは、その、ボクの命を助けるためで、襲ったとか、そういうのに数えないほうが!」
「……数えてはいけませんか?」
エルシーが懇願するような目を向けてくる。
「えっと……」
「そうですね。私が襲ってしまったのは大人の剣聖ではなく、あくまで幼いレント様です。甘い思い出に数えようなんて間違っていました……」
「いや、えっと……エルシーが思い出にしたいなら、別にいいけど」
「本当ですか? では、初めての相手がレント様だったこと、一生の思い出にします」
エルシーは嬉しそうに言う。
あれ?
剣聖ジェイクが相手だから嬉しかったんじゃなくてボクだから嬉しいの?
でもボクの前世は剣聖だから、剣聖はボクで……んん? 分かんなくなってきたぞ。
「剣の稽古をしよう! 前世の記憶を使えば、エルシーを指導してあげられると思う!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ボクたちは誤魔化すようにチャンバラを続けた。
にしてもエルシー……回復魔法の天才扱いされたらしいけど、剣のほうは更に超天才なんじゃないか?
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