第3話 かませ王子現る
「レントが回復魔法の達人になって自分の病気を治し、兵士たちの傷も癒やしているとは聞いていたが……まさかモンスターを撲殺できるほど元気になっていたとはな。あまりのことに、どう反応していいか分からないぞ。いや、まずは病気がよくなっておめでとうと言うべきだな。あと、あまり見舞いに行けず、済まなかった」
「ありがとう。姉様は国のあちこちを回ってモンスター退治して忙しいから仕方ないよ」
「そう言ってくれると助かる。それにしても、本当に強いな。手合わせしたいくらいだ。誇っていいぞ。なぜ誤魔化そうとした?」
「だって……つい数日前まで寝たきりで、いつ死ぬか分からない体だったのに。動けるようになったからって、いきなりモンスターと戦うなんて無謀すぎる。エルシーに心配かけるな。って怒られるかなぁと思って」
「……言われてみると全くその通りだな! 分かっててやってるのが悪質だ! 一緒に帰るぞ。歩きながら説教タイムだ。王宮に帰ったら、父上と母上とエルシーにも叱ってもらうぞ」
「ええ……それが嫌だから誤魔化そうとしたのに。姉様、お願い。秘密にして。可愛い弟のためを思って」
「確かにレントは可愛い。だからこそお前のために叱らねば。今までどれだけ周りに心配かけてきたか分かっているのか? 別に一生安静にしていろと言っているんじゃない。だが、今しばらく大人しくして、家族やエルシーを安心させるべきだろう?」
姉様の言いようがあまりにも正論だったので、ボクは「ぐぬぬ」と唸るほかなかった。
宣言通り姉様は、ボクが王宮を抜け出して森にいたのを告げ口した。
けど姉様は同時に、ボクの強さを褒め称えてもくれた。
素手でモンスターを倒す光景を、身振り手振りを交えて、みんなの前で興奮気味に語る。
「たんに魔力で体を強化しているだけでは説明がつかない。しっかりとした体術が身についている。いつどこで覚えたんだ? とにかくレントは凄い奴だ!」
姉様の語りが上手で、当人であるボクでさえ他人事みたいに聞き入ってしまった。
父様も母様もエルシーも身を乗り出して熱中し、説教に身に入らない様子だ。
しめしめ。
と思ったけど、自室でエルシーと二人っきりになったら、もの凄い睨まれた。
「じー」
「えっと、エルシー?」
「じぃぃぃ」
「……ごめん」
「次に王宮から出るときは、私を連れてくださいね」
「うん。約束するよ」
逆に言えば、エルシーが一緒なら王宮の外に出てもいいということだ。
とはいえ、姉様にキツく叱られたので、しばらくは大人しくしていよう。
次の日。
ボクはエルシーと一緒に、王宮の庭を散歩する。
すると、目の前に立ち塞がる一人の少年がいた。まあ少年と言っても、ボクよりは大きい。
この国の第三王子。フレデリック・レルグレンド。十五歳だからボクより二歳年上だ。
「よお、レント。本当に歩けるようになったんだな。そこは一応、おめでとうと言っておいてやる」
「ありがとう、フレデリック兄様」
「だがな! 少し調子に乗っているんじゃないか? 回復魔法で兵士たちの傷を治したというのはともかく……森で何十匹というモンスターを素手で倒したなんて噂を流しているらしいじゃないか。そんな嘘をついてまで、自分を強くみせたいのか?」
「その噂を流してるのはボクじゃなくて姉様じゃないかな?」
「ふん。ソフィーナ姉様にも困ったものだ。あの人は自分に王位継承権がないから、王子の評価というのを軽く考えているのだ。おおかた、お前に泣きつかれて、ありもしない噂を流すのに一役買ったのだろう」
兄様は得意げな顔で、的外れなことを言う。
「お言葉ですがフレデリック様。レント様はそのような嘘で自分を大きく見せる真似はしません」
と、エルシーが口を挟んできた。
「ほう。じゃあエルシーは、レントがモンスターを倒すところを見たのか? 見たのは姉様だけだ。ほんの少し前まで自力で歩くこともできなかった病弱王子が、いきなり素手でモンスターの群れを倒すなんて、お前は本当に信じられるのか?」
「それは……普通ならば信じません。ですがレント様がしたならば信じましょう」
「ふん。盲目的なメイドめ。ならレントの化けの皮を剥いでやる。訓練場に来い。俺と勝負だ!」
というわけでボクたちは、兵士が訓練に使っている場所に移動した。
「あそこに的が並んでいるだろう? あれをここから魔法で撃ち抜くんだ。こんな風にな」
兄上は手のひらから魔力の塊を発射し、丸い的の端っこに命中させた。
魔力を属性変換せずにそのまま発射する『魔弾』という初歩的な攻撃魔法だ。
「五十メートルのところから当てたぞ。さすがフレデリック様だ。憎たらしい性格だが、才能は本物だ」
「あの憎たらしささえなければ素直に尊敬できるのに」
見ていた兵士たちが、あけすけな感想を口にした。
「お前ら、不敬だぞ!」
フレデリック兄様が怒鳴ると、野次馬が遠ざかっていく。
「ちっ……この国は全体的に脳天気すぎる……平民は王族や貴族をもっと敬うべきだろうに。まあ、いい。ほらレントもやってみろ。まさか魔弾を撃てないとか言わないよなぁ?」
魔法を習う者は、真っ先に魔弾を覚えさせられる。
特に魔法師を自称していないのに魔弾を使える、というのも珍しくない。
けれど、寝たきりだったボクは当然、魔弾さえ習っていない。
いきなり回復魔法を使えるようになっただけで、真っ当な鍛錬はしていないのだ。
兄様はおそらく、それが分かった上で、ボクに魔弾を撃てと言っている。
恥をかかせるつもりなのだ。
この国は、王位継承権を持つ男子がいない緊急時を除き、女王を出さないことにしている。だからソフィーナ姉様は自動的に次期国王から外れる。
そして第四王子のボクはいつ死ぬか分からないという状況だったので、残る三人の王子が次期国王候補だった。
ところがボクはこうして回復し、兵士たちの傷を治しまくって評判を上げている。そして森でモンスターの群れを全滅させたという噂まで出てきた。
国王になりたがっているフレデリック兄様からすれば、急にライバルが増えたという思いだろう。
ボクは玉座なんて興味ないのにね。
けど、ニタニタしている兄様に一泡吹かせたいとは思う。
それにここで引き下がったら、ボク自身だけじゃなくてエルシーも恥をかくし。
「こんな感じ、かな」
魔力を手のひらに集める。思ったより簡単だ。だったら五本の指、それぞれから放ってみよう。
「魔弾を五発同時に!? そしてどれも的の中心を射貫いただと……そんな馬鹿な!」
兄様はわなわなと震える。
「レント様は回復魔法だけじゃなく攻撃魔法の才能もおありか!」
「表情も愛らしいし、やはりレント様だな」
「顔立ちは似ているのに、どうして片方はあんなに憎らしいんだろうな」
相変わらず兵士の発言は自由だ。
「ぐぬぅっ……的に当てるのがいくら上手くても、実戦とは関係ない! 殴り合いで勝負だ! モンスターを素手で倒せるなら、俺にも勝てるはずだ。お前の嘘を暴いてやる!」
兄様は拳闘の構えをとった。
「え!? ずっと闘病していたレント様を殴り倒して黙らせようというのか? かなりのクズだな……」
「病気のことを抜きにしても、十五歳が十三歳に殴り合いを挑むってどうなんだ?」
「勝ったところで誰も評価しないし。万が一、負けたら恥ずかしいし。フレデリック様はなにを考えているんだ?」
周りの声を聞いて、兄様は自分がどう見えているのか自覚したのか、顔を真っ赤に染める。
けれど今更やめるわけにもいかないようで「さあ、かかってこい!」と威勢のいい声を出す。
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