第2話 さあ、森でモンスターを撲殺だ

 当然、父様と母様も驚いていた。

 死にかけていた息子が、自力で歩いているんだから。

 ボクだって夢心地だ。どうしてこんな真似をできるのか分からない。だけどボクの回復魔法は、いまや聖女以上だった。


「エルシー。これまでずっとありがとう。君にどう感謝していいか分からない。今はこんなことしかできないけど、これから沢山恩返しをしたい」


 まだ驚いたまま固まっているエルシーの顔に触れる。

 呪いで変色してしまった右の頬。

 それがボクの魔法で肌色になっていく。


「なっ! エルシーが自分で治せなかったものを、レントが!?」


「まあ、なんてこと……!」


 父様と母様は叫んだ。何事かと兵士が走ってきて、エルシーの顔を見て口をパクパクさせた。

 だけどエルシー本人はまだなにが起きたか分からないみたい。自分の顔に触れ、左右の質感が同じなのを確かめている。

 それから窓ガラスに視線を向け、映った顔を凝視した。


「私の顔……もとに戻って……こんな綺麗に……」


「エルシーはずっと綺麗だよ。けど、こっちのほうがエルシー自身は好きかなと思って」


 突然、彼女はボクを抱きしめてきた。


「ありがとうございます。そして、おめでとうございます! 信じられませんが、レント様は奇跡のような回復魔法を使えるようになったのですね。自分で歩けているのですね……!」


「うん。全部エルシーのおかげだよ」


「昨日、あのようなことをした私にまた微笑んでくださるのですね……」


 当たり前だよ。

 ボクが生きているのも、回復魔法を使う切っ掛けを掴んだのも、エルシーがいたからだ。

 そんな人のそばにいたら笑顔になるのは当然じゃないか。


「エルシー、散歩に付き合ってくれる? どこまでも歩けそうな気分だ」


 父様と母様とも歩きたい。けれど今はエルシーと二人きりがいい。


「はい、どこまでもお供します!」


        △


 あの日以来、ボクは普通に生活できるようになっただけでなく、回復魔法でみんなの怪我や病気を治す力を得た。

 特に怪我人は多い。

 訓練やモンスター討伐で傷を負う兵士は、次から次へと出てくる。

 そんな人たちに触れ魔力を流すと、ボク自身が冗談かと思うほど、一瞬で治せてしまった。

 骨折どころか、欠損した手足さえ。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


 兵士たちはとても感謝してくれた。

 だけど、ボクみたいになにもできなかった人間が生存を許されたのは、この国が平和だから。その平和を守っているのは兵士たちだ。

 いくら治したって、恩返しは終わらない。


 とはいえボクだって恩返しに時間の全てを使うほど聖人君子じゃない。

 やりたいことは山ほどある。


「前世ほどじゃない。だけど、かなり体力がついてきた。回復と言うより強化って感じ。前世の力に引っ張られてるのかな? これならモンスターと戦えるぞ」


 モンスターがどのくらいの強さか、前世の記憶を読み解けば分かる。

 前世と今の自分がどのくらい違うのかも。

 それを客観的に考えて、ボクは結論を出す。

 こっそりと王宮を抜け出し、王都からも出て森に入る。そこでモンスターが異常繁殖していると兵士たちから聞いたのだ。


 ボクは現れるモンスターたちを撲殺しまくる。

 もちろんボクが強くなったといっても、しょせんは十三歳の少年だ。

 素手でモンスターを殺せるほどの腕力はない。

 だから相手が飛び込んでくる力を利用するのだ。

 それをモンスターの体内に伝え、内側から破裂させる。

 血の臭いに釣られ、どんどん集まってくる。どんどん倒す。楽しいなぁ。


「よし。剣聖の体術を再現できてる。爽快な気分だ!」


 ボクはモンスターの死体に囲まれながら、両手を空に突き出して喜びの声を上げる。

 と、そのとき、気配を感じて振り返る。

 女の人がいた。

 ボクと同じ金色の髪をポニーテールにした二十歳手前くらいの美人だった。


「お前、何者だ? ようやくモンスターを見つけたと思ったら、片っ端から倒しおって。それも素手で。只者ではない……って、お前、レントか!?」


「姉様!」


 姫騎士の異名を持つ、この国の王女、ソフィーナ・レルグレンド。

 ボクの姉にあたる人である。


「あ、えっと、ボクはレントって人じゃありませんよ。人違いじゃないですか?」


「いやいや。私に向かって姉様と言っただろう。言い逃れできると思ってるのか?」


「ちぇ、バレたか……うん、レントだよ。だけどモンスターを倒したのはボクじゃないよ。ボクが迷子になってモンスターに襲われてたところを、通りすがりの冒険者が助けてくれたんだ」


「嘘をつけ。お前が倒したんじゃなかったら、なんで両手の拳が血で染まっている。返り血も浴びまくってるし」


「姉様、名探偵?」


「逆によくそれで誤魔化せると思ったな? 言い訳下手くそか?」


 呆れ気味に怒られた。

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