病弱王子の前世は剣聖です。生き延びるため回復魔法を極めたら最強の魔剣士になった

年中麦茶太郎

第1話 病弱王子は回復魔法を覚える

 ボクは病魔に蝕まれ、いつ死んでもおかしくないと言われ続け、ベッドで寝たきりながらも、なんとか十三歳まで生きてきた。

 けれど、今度こそ駄目かもしれない。


「エルシー。ありがとう……君がいたから、今まで生きてこられた……生きようって意思が湧いた……」


 手を握ってくれる人の顔を見る。

 エルシー・リーンベル。

 ボク専属のメイドであり、二歳年上の姉のような人。


 ボクが外に出られなくて心を曇らせていると、何時間でも話し相手になってくれる。

 更にエルシーは、回復魔法の達人だ。

 ボクが今日まで延命できたのは、全てエルシーのおかげ。

 なにせ彼女は『元聖女』だから。


 彼女の実家は代々、回復魔法の使い手を何人も輩出している。

 中でもエルシーは、十歳で教団から聖女と認定された天才だった。

 家の誉れだと送り出され、幼いながらも聖騎士団と共に任務をこなす日々。

 ところが聖女の力でも解けない呪いを受けてしまい、顔の右半分がヤケドのようにただれてしまった。

 醜い者は聖女に相応しくないと、その称号を剥奪された。

 そして実家は手のひらを返し、エルシーを「修行の旅に出す」という名目で追放した。


 当てもなく放浪していたエルシーを拾ったのが、レルグレンド王国の国王。ボクの父である。

 父は元聖女をボクの世話係にして、少しでも生き延びさせようとしてくれたのだ。

 だからボクは父上に感謝している。

 ずっと献身的に尽くしてくれたエルシーには、もっと感謝している。


「なにを仰いますか、レント様! あなたがいなくなったら私は……私の顔を直視してくださるのも、瞳を見て微笑みかけてくれるのも、レント様だけです。死んではいけません。絶対に助けます!」


 握る手から流れてくる魔力が強くなる。

 温かい。

 でも足りない。

 かつて聖女と呼ばれた天才的な魔法師でも塗り替えられないほど、今日のボクの死は濃密のようだ。


 早く楽になりたい、なんて達観した想いは少しも湧いてこない。

 死にたくない。

 前世ほど強くなくてもいい。自分の足で立って歩いて、色々なものを見て、触れてみたい。


 ボクには前世の記憶がある。

 剣聖ジェイク。三百年以上も昔の人間だが、今も語り継がれるほど数々の偉業を成し遂げた男だ。

 剣だけで、たった一人で、数多くのモンスターや魔族を倒して倒して、戦い抜いて死んだ。

 剣聖の記憶をめくるたびに、体が疼いて仕方がない。ベッドから飛び出し、剣を振り回したくなる。

 しかし歩くことさえ叶わない。


 前世の記憶が本物だと証明する方法はない。病にうなされて作り出した妄想かもしれない。

 けれど、そうとは思えないほどリアルだった。

 風のように駆け抜けるあの感覚を知っているのに、一歩も動けない。あまりにも残酷すぎる。


「うん……エルシー……助けてよ、死にたくないよ……」


 エルシーの魔力がより強くなった。

 けれど、ああ、駄目だ。

 死にたくない。普通に生きていたい。なのに。


「レント様……ごめんなさい……今から私がレント様にすることを許してください。もう、これしか方法を思いつかないんです……」


「エル、シー……?」


 彼女はボクの寝間着を脱がせ、自分のメイド服のロングスカートをたくし上げた。

 銀色の長い髪が垂れ落ちる。

 それからボクに跨がって、涙を浮かべながら、ゆっくりと腰を降ろして――繋がった。


 ベッドから動けない身でも、それがなにを意味する行為なのか知識くらいある。

 どうしてエルシーがこんなことをするのか分からず、ボクは混乱した。


「痛っ……ごめんなさい。手を握って魔力を流す程度では追いつかないのです。こうして深く繋がらないと、レント様の命を繋ぎ止めることができないのです……あとでどのような罰でも受けます……ですが今だけは私に身を委ねてください。必ず助けますから……!」


 これまでと比べものにならないくらい、魔力が勢いよくボクの体に流れ込んでくる。

 波が引いていく。全身を撹拌されるような不快感が。燃えるような熱が。割れるような頭痛が。引いていくのを感じる。

 鼓動が静かになった。

 今まで生きてきて、体が一番軽い気がする。

 ボクはその心地よさに抱かれながら、穏やかに眠りについた。


        △


 目が覚めると、エルシーはいなかった。

 寝間着が新しい。

 体がまた重くなっている。だけど死の予感はしない。

 なんとか生き延びたらしい。


「これまで何度も回復魔法をかけてもらったけど、あんなに強く実感したのは初めてだ。あれを自分でできたら、きっと歩けるのに」


 感覚が残っている。

 魔力の流れを覚えている。

 本当に真似できる気がしてきた。


「こう、かな?」


 温かさが広がっていく。不快な熱ではない。春の風のような温もりが体の奥から湧き上がる。

 エルシーと繋がっていたときみたいに体が軽い。羽根みたいだ。

 歩けるんじゃないか……?

 体を起こして、布団をはぐ。このなんでもない行為を、なんでもなくこなせた。それだけでボク的には偉業だった。

 そして恐る恐る床に足を置いて、力を込める。


「立てた!」


 のみならず、前に進めた。左右の足を交互に出して、一歩一歩、扉に向かっている。

 誰の手助けもなく、歩いている。

 人生で初めてだ。

 涙が流れる。嬉しくて泣いたのも初めてだった。


 王宮の廊下。

 いつもは車椅子か、エルシーに抱かれるかで移動していた。目線が違う。

 ボクの移動範囲はとても狭い。十三年で見た光景は少ない。この廊下もその一つで、目にハッキリと焼き付いている。

 なのに、まるで別物に見える。

 ああ、これが自分で歩くってことなんだ。

 知っている。前世で経験している。やっぱり妄想なんかじゃない。


「陛下。王妃様。レント様の容態は、ひとまず落ち着きました。またいつ発作か起きるか分かりませんが……」


「そうか。一命を取り留めたか。エルシー、いつも助かる」


「ありがとうね、エルシー。これからも息子をお願いね」


 エルシーと父様と母様が話していた。

 エルシーが最初にボクに気づいて目を大きく見開いた。


「レント、様!?」

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