第5話
連れられた船の中は、まるで上位貴族のお屋敷や王城の一部のようでした。
「この船は俺の祖父の頃に造られた、当時最新鋭の技術を使っている。魔法動力炉の副産物である熱を魔力変換し、魔道具を使用した空間魔法を展開させる事で冷却と快適さを備えた設計だ」
「王子殿下。魔力変換は今、空間魔法ではなく再利用化していると聞きました。そのおかげで燃料の魔石も抑えられていると」
「ああ。しかしこの船は長旅を想定しているから快適性を優先した方がいい。ただこの船も改修を重ねて魔石量と速度は昔より早くはなっているらしいが、趣向は変わっていない」
そうなんだ、と思いつつ後でマリーさんにも教えようかな、と考えているとウルベルト王子殿下は向かい合って座る私をじっと見つめていた。
アクアマリンの瞳が、片方だけ別のように見えたのは錯覚だと思う。
「その。エレナ、と呼んでいいだろうか」
「ええと、はい。構いません。今お会いしているのは非公式ですが、私達が婚約者なのは変わりありませんし」
「では君もウルベルトと。それで本題だが、君は魔法動力炉について詳しいのか? 連合王国でも再利用化の話はここ数年だ。他国に売られた船も同時期だし、興味が無ければ知らないと思うが」
私は思わず口を手で隠してしまった。指摘されるって事は、もしかしたら積極的に話す事は社交界では本当に恥ずかしい事なのかもしれない、自分が調べた話じゃないのに話すのは失礼なのかもしれない、と。
そう考えたら段々と顔が熱くなって、ウルベルト様から視線を外した。
「ええと、その、ペラペラと。すみません。護衛の騎士が魔道具に詳しいと言いますか、私は受け売りなだけで……ごめんなさい」
「何故謝るんだ? 例え受け売りでも鼻にかけている訳じゃない。それに今、君は素直に詳しくないとちゃんと言えただろう。その謙虚さを俺は好感に思う」
「でも義母が……私が本で得た知識で反論すると、いつも「頭ばかりで相手を立てない女は好かれないわよ」「碌でもない知恵で物事を喋るな」って嫌そうにしていましたから、社交界などのマナー違反なのかと思って」
お義母様やブリジッタはお父様に甘えたりする時以外はにこにこと笑いながら頷いたりして、お母様のように誰かと真剣に意見を交わすような事はしませんでした。
お母様は研究者でしたから、社交界の場合とはまた違うかもしれません。
しかし目の前のウルベルト様は首を傾げました。
「確かにそういった意見を持つ人はこの世界にはいるが……言論の自由はあって然るべきだ、別に何らかの違反にはならない。ただ、不用意に心を傷付けたり嫌な気持ちにさせる発言は周りや相手には良くない、という認識があるだけだ」
「それは、理解出来ます。ですが、私は一度も社交をした事がないので……分かりません」
「君は13歳だろう。お披露目は世界基準の14歳からだと聞いているが──いや、親の同伴であればいくつからでも社交界に行っても良いんだったな。そちらの国は」
私は頷きました。お母様は忙しい人でしたしそもそもお父様が私を社交界に出さないよう使用人に厳命させて妨害までして来たので、一度も経験なく来てしまったのです。
普通なら親や周りの大人の振る舞いを見て学び、14歳を迎える頃には自然に振る舞えるものだと教わりました。実際ブリジッタは連れられていますから、真実でしょう。
俯きそうになっているとウルベルト様が、ならば、と笑いました。
「エレナ、連合王国でお披露目しよう。連合王国は種族によってお披露目の年齢が変わるから、明確には決められていない。それこそ妹が来年12歳の誕生日にお披露目の予定だからそこに合わせよう」
「それは……でも、」
苦手なものがある、とは言いにくい。だって人の顔をしているウルベルト様だから今は平気なのであって、さっきの騎士様のひとりのように「犬が立った姿」の人がいれば私は──、
「っ、かんがえ、させてください、すみません」
思わずウルベルト様から遠ざかって答えていた。
ウルベルト様は違う、私が想像している人だって魔犬なんかとは違う、分かって、分かっているはずなのに。
「──すみませんが、疲れがあるようなので、私は自室で休みます」
そう言うのが、精一杯でした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます