第4話
次の日。
私は早速エミリーさんとマルタが選んでくれたワンピースに袖を通して、既に停泊している連合王国の船に向かった。昨日のリボンは髪に結んでもらっています。
最後の思い出の品の使い始めに相応しいと、そう思ったから。
『お嬢様も隅に置けませんねぇ、男の子と出会ってこんな可愛いもの貰っちゃうなんて。それで、どんな方だったんです?』
なんてにやにや笑うマルタに問われたけど、からかい半分なのをよく分かってるので怒りはせず淡々と答えたのは今朝の話。ただ、エミリーさんの話によると悪意は無さそう(リボンには一般的なほつれ予防の魔術くらいしかかかってなかったみたい)なので使っても大丈夫、との事だった。
そんな会話を思い出しながら馬車の外を見ていると、立派な帆船が見えてきた。一緒に見ていたマルタがぼそっと呟く。
「これが、連合王国の船ですか」
「帆船ではありますが、鉄製のようですね。しかも魔法動力船……やはり連合王国の技術はすごいなぁ!」
「マリー。お嬢様の前よ。いつも趣味をとやかく言いたくはないけれど」
「だってサリー! 連合王国は漁船ですら魔法動力なんだよ! それにあの大きさならこの国じゃ滅多に見られないくらい大きな魔法動力炉があるはず! あれって客船なのかな、それとも騎士団で使ってる船なのかなぁ!」
はいはい、と適当に相槌を打つ黒っぽい紫髪をひとつに結った灰色の瞳のサリーさんと、彼女と同じ色の髪を短くした淡い黄色の瞳のマリーさん。ふたりはエミリーさんの部下で双子の女性騎士。
元気いっぱいなマリーさんはとにかく魔道具が好きで、物静かなサリーさんは動植物の知識が豊富な人。侍女歴があって広く知識のあるエミリーさんより専門的な話が聞けるので、私は大好き。
「大丈夫、その辺りも連合王国の使者の方に聞いてみましょうね。私も気になるもの」
ですよねぇ! と笑うマリーさんにサリーさんは気遣っていただいてるのよ、とため息をついていました。
そんな事もあったけど無事に船の前に到着した。馬車で見ていた時より大きくてなんだか圧を感じるけれど、乗船する為の橋に並ぶ連合王国の騎士達の方が目に入ってしまう。
虎がそのまま立ち上がったような人、猫のような耳と尻尾が生えた人、背中に翼のある人、子供くらいの身長なのに中年男性のような人……色々な人種の騎士だ。幸い、犬の顔の人はいなくてホッとした。
「──連合王国第一王子、ウルベルト・ギズルフ・ユナイト殿下、御成り!」
虎の騎士がそう声を発すると、他の騎士達が一斉に佇まいを正す。その様に私達もつられて正してしまった。
でも私の心臓は早くなって、呼吸が浅くなっていく気がした。だって、心の準備してなかった。聞いた話では王城でお会いするかもって。ニコロさんの方をちらっと見ると首を横に振ったので、聞いてなかったみたい。
どうしよう、犬に似た顔の方だったら。
どうしよう、どんな方か全く分からない。
慌てていたせいで顔を下げたまま待ってしまっていて恐怖が募っていく中、不意に嗅いだ事のある果物の香りがした。
これって、昨日の、あのお兄さんの。
「──顔を見せてくれ、我が婚約者」
恐る恐る顔を上げる。
黒い髪にツンと立った同じ色の犬のような耳。
垂れ目気味の瞳はアクアマリンの淡い青。
キリリとした眉は凛々しい印象を受ける。
「昨日は名乗れずすまない。俺が君の婚約者となるウルベルトだ」
彼自身が胸に当てた手は昨日と同じ人の手で、少しだけ安心した。
私はカーテシーをしたまま応える。
「スポレート公爵家長女、エレナ・スポレートです。その、昨日は楽しかったです、本当に」
「堅苦しいのは無しだ。それと、急な見合いとなり申し訳ない。急遽決まった婚約だ、婚約者が不満を持っているのではと母上──王妃殿下も気に病んでいた。ならば俺が行くと取り付けてしまった」
「王妃殿下が、ですか」
連合王国の王妃殿下は元々他国の令嬢で、国王殿下の唯一の王妃様なのだとか。連合王国の成り立ちからして「王妃殿下」は何人も存在していい事になっていて、現在の国王陛下のようにひとりを愛する方は歴史上少ないそう。
それに国王陛下には多種族のご兄弟がいらっしゃるともお聞きしている。ウルベルト王子殿下は直系かつ継承権一位の第一王子という事になる。
それもこれも、この数日で学んだ事だけど。
「それで、昨日の本は読めているだろうか。もし分からなかったら聞いてくれ。また船の上では不都合もあるだろう、そちらも遠慮なく伝えて欲しい」
「か、かしこまりました……失礼ですが、その手は?」
す、と差し出された手に思わず問いかけてしまった。
殿下は犬の姿ではないから怖くないはずなのに、落ち着かない。
「その……いや、妹をエスコートする癖が付いてるな。このままエスコートされてくれると、助かる」
「だ、大丈夫です、お恥ずかしながらエスコートされた事が無いので……勝手が分からないのです」
本当の事でもあるのでこちらで濁した。触れたらどうなるか分からないから怖い、なんて言えない。
殿下は少し首を傾げてはいたけど、それなら服をつまむくらいでいいと穏やかにおっしゃってくださいました。
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