第2話

 騎士隊が用意してくださった馬車に私とマルタとエミリーさんで乗り込み、ニコロさんや他の騎士の皆さんは馬に乗ります。

 エミリーさんは隊の女性騎士と交代で私達と乗るそうですが、なにぶん暇ですから港までの道を話して潰す事にしました。


「エミリーさんは、我が家について何か知っていますか?」

「恐れながら……スポレート前公爵夫人の事故は王国の騎士達、特に私達近衛騎士には身を引き締めねばならぬ事件であるとしてお話は聞き及んでいます。ですが私は元々平民の出でして、それ以外は何も」

「父は先王様の次男でした。つまるところ、国王様は私と義妹の叔父にあたります。そして父はこのスポレート公爵の名前を拝命した時に前公爵夫人であるお母様と結婚しました」


 当時の魔法学院で優秀だったお母様は、災害で困窮を極める伯爵領の為の魔道具の研究チームを作るはずだったそうです。その時に先王様から伯爵領と研究費を工面する代わりにと婚約を持ちかけられました。

 大切なものを救う為に、お母様はお父様と政略結婚をしたのです。


「愛は、父からは特に、無かったんでしょう。お母様が妊娠したと知るや否や、高級娼館の……今の公爵夫人である義母を愛し、妊娠させたそうです。責任を取るとして召し上げて妾にし、私とお母様は別館に追いやられました」

「私は奥様と研究していた一代のみの子爵家の一人娘でした。ですが研究中の事故で両親が亡くなり、頼る親戚も無く平民となるしかありませんでした。しかし奥様が侍女として引き取ってくださって……楽しい日々でしたね」


 こくりと私は頷きました。

 そもそもお父様は私達に使用人をひとりも付けてはくれませんでしたが、研究チームで泊まりがけも多かったり伯爵家から週に2度何人か使用人が来てくださったので事なきを得ていました。ですが私は生活で使うような魔力消費の少ない魔法以外使えなかったため、社交はもちろん家庭教師も付けてもらえませんでした。

 だから、お母様と伯爵家の使用人と偽った教師がこっそり教えてくださいました。

 ある程度の環境が整った上で当時10歳のマルタを住み込みの侍女に育成するとして引き取れたそうで、今の私にとってのマルタは5歳年上の姉のような存在です。

 公爵家にバレてはいけないので3人だけで暮らす事の方が多く、市井の中でも少し良い程度の生活をする家族のような距離で暮らしていました。

 辛くてもあの日々は、とても楽しかった。


「その矢先に、奥様とお嬢様の事故です。私は婚姻前の奥様の侍女をされていた方に教えを乞うていたので数日遅れで帰る予定でしたが……今でもあの時の公爵家の対応は正しくないと思っています」


 通常なら婚家である公爵家が主導で捜索をするところをお父様は、騎士団に連絡して伯爵家にお金と捜索隊の権限を渡した。

 社交界にあまり出ない妻子だからこそ、公にしたくはないと──多分、私達を見殺しにしたかったのでしょう。


「申し訳ありません……辛いお話をさせてしまいましたね」

「上位の貴族にとっては周知の事実です。ただお父様が王弟だから諌める人がおらず、お忙しい国王様は後に聞かされるから誰も止められないのです」

「ならばエレナ様は、お母様にそっくりなのですね。13歳の女の子なのにとてもお優しく賢くて麗しいエレナ様を見ているとそんな気が致します。すごく、努力なさったんですね」


 エミリーさんが笑いました。その笑顔はどこか優しくて、何故か私は涙が込み上げそうで。

 お母様が亡くなってから伯爵家は公爵家に干渉出来なくなってしまい、この3年間はマルタとふたりだけで身を寄せ合うように過ごしていました。

 ですから、マルタとこっそり市井に出ては優しい人達のお手伝いをしながら食事を頂いたりする事で生活をしていました。社交に出させてもらえない、どの使用人にも相手されない私達にはそれしかありませんでしたから。


「え、エレナ様、すみません私……泣かせるつもりは」


 エミリーさんの声がします。

 もう私の涙は止まらないし、どんどん落ちていきます。

 違うんです、エミリーさんのせいじゃない。そう言いたいのに喉にフタをされてしまったように声が出なくて、首を横に振るしかありません。

 そんな私をそっと抱きしめるのは、マルタです。


「お嬢様、もう良いんですよ。いっぱい、いっぱい泣いてください。お嬢様が努力なさったのは本当の事で、もう、甘えていいんですよ」


 マルタの声も震えていました。あったかくて、優しくて、大好きな家族の腕の中。


「わ、たし、私……っ」


 怖かった。

 気を抜いたら「また」取り返しが付かなくなるんじゃないか。

 お母様に褒められたくて頑張っていたのは苦じゃなかった。

 でもマルタとたったふたり、誰にも助けられない中、どうしたらいいかずっと気を張って。

 弱みなんて、もう誰にも見せられないと思ってた。


「マルタ、マルタ……っごめんなさい、ごめんなさい……!」


 私はそうしてしばらく、マルタの腕の中で泣いてしまった。

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