ミミックのつくりかた

てぃ

「ミミックのつくりかた」

「……人喰い箱ミミックの見分け方?」


 ──時は年末、ささやかな宴の最中。

 評判のいい大通りの料理店、その一卓に三人の若者がついていた。


 酒を飲み、いい感じに酔いが回った頃合いでそのような話題がでたのだ。


 話の出だしは来年にやりたいこと、だったか。そこで出たのが迷宮ダンジョンの話題。

 そう、彼らはいわゆる冒険者だった。


 一人は魔術師、あとの二人は新米の……まぁ、見習いと表現するのが適当だろう。


「そうっす……迷宮ダンジョンの深部に宝箱に化けて出るらしいじゃないですか。その魔物モンスター


「いや、あれは魔物モンスターじゃねぇけどな。魔法で造られた人造の罠。一応、魔法生物に分類されるが個人的にはちょっと違うと思ってる。ま、解釈違い程度のものだがね」


「……それで、見分ける方法はあるの?」


「まぁ、魔法を使えば──」

「いや、魔法以外で」


「魔法以外で!? ……魔術師に無理難題をおっしやる」


 そう言って、おどけて笑う。酒が入っているのだ、陽気にもなる。


「俺は本職じゃないから、適当なことしか言えんが。単純な目視で見破るのは不可能だろうな、人喰い箱ミミックは起動するまで完璧に擬態カモフラージュ──いや、生物と仮定するなら仮死状態か。そういうかたちで待機している。だから、擬態を見破れるとすればそれ以外の状況……その箱を設置する側の心境から察するしかないだろうな」


「心境……?」


「そう。究極的には此処に宝箱があるのは怪しいか、怪しくないか。そういう心理の読み合いだよ。長年の経験とか、直感とか、さ……荒らす側はそういうのを駆使して回避するじゃないかね?」


「そんなところかなぁ……」

「魔法みたいなものはないさ。多分だけどな」


 木製の酒杯を手掴みしたまま、がっかりしたように呟く。それに合わせて魔術師も適当な相槌を打つ。


「……ところで、人喰い箱ミミックってどうやって作るんです?」


 会話が一段落したところを見計らって、もう一人が尋ねた。


人喰い箱ミミックのつくりかた、か……俺も専門じゃないから、詳しくはないが──」


 まずは一言、予防線を張ってから魔術師は説明を始める。


「用意するのは空き箱だな。大きさは大体、人間が抱えて持てる程度のもの。これが一般的だな。探せば棺桶くらいのやつもあるかもしれないが、そういうのは例外だ。次に内側。仕込む罠だな。物語等で知られる人喰い箱ミミックは起動すると動物の口のように箱のふちから歯が飛び出して噛み付く仕組みだが、それにならえば黒曜石をとがらせたのを隙間すきまなく。あるいは前面のみ上下に十数本ってところかね?」


 魔術師は説明を続ける。それに対して一人は神妙な面持ちで興味深く、もう一人は酒杯を握り締めつつ頷きながら聞いている。


「ちなみに黒曜石は一例だ。加害可能な石器であればなんでもいいと俺は思う。逆に鉄器など金属製は駄目だな。びたり、劣化することを考えなくちゃならないから」


「ああ、肝心な時に朽ち果てたりしてちゃ意味ないですもんね」

「そこまで放置されてるのもどうかと思うけどね……」


「いや、年月だけじゃないぞ? 置く場所の環境にもよる。環境が悪いと想像以上に劣化も早い。例えば船の中に鉄の歯の人喰い箱ミミックなんて置いてみろよ、一年も経たずにびだらけの虫歯になっちまうと思うぜ?」


「ああ。それもそうか……」


 そう呟くと、掴んだ酒杯の酒を僅かにすすった。酒はまだ半分以上残っている。


「それで、だ。次が肝心なところだが……人喰い箱ミミックの動力源だ。これは術式や命令が刻まれた魔石で、質もそれなり以上のものが必須条件だな。魔石に込められた魔法は念動。これを駆使して魔力が切れるまで、跳ね回ったり噛み付こうとする訳だ。歯が飛び出す仕組みや箱の縁に張り付いて歯型を形成するのもこれで説明がつく」


「なるほど。命令っていうのは?」


「流派にもよるが、箇条書きで刻まれた行動表ってとこかな。ひとつ、箱を開けたら起動する。ひとつ、開いたら無差別に襲い掛かる。ひとつ、合言葉で強制停止する。とかね」


「へー、人喰い箱ミミックってそうやって制御するんすか……」


「まぁ、作る方も馬鹿じゃないからな。事故防止手段の一つや二つは講じてるさ」


 そう言って、魔術師は小さく笑う。


「けど、高価な魔石に黒曜石か……下手したら半端な宝物より高いかもね」


「そもそも材料費だけじゃなく、作る魔法使いへの手間賃も忘れちゃいかん。しかもほぼ使い切りだぜ? 再利用は難しいからな。現実的には魔法使いの酔狂か金持ちの道楽だよ、罠としての採用は。その指摘はまさしくその通りだな」


「宝物より高いんじゃ、本末転倒じゃないですか……!」


「そうだよ? だから、俺が作るのなら無駄な材料は省く。使用するのは魔石だけと単純シンプルなものにする。開けた瞬間、対象に致死的な呪いがかかるようにするな」


「それじゃ、人喰い箱ミミックじゃなくただのトラップだよ……」


「そうだよ? ……だから、最初に言ったじゃないか。あれは魔法で造られた人造の罠だと。魔法生物とはちょっと違う、と。そのように断っただろう?」


 呆れる仲間たちに対して、魔術師は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。


*****


<終わり>


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