第22話 ヒシナリ港へ
次の日、俺は冒険者ギルドに寄ってからヒシナリ港に出発することにした。
冒険者ギルドで確認したところ、ヒシナリ港への道程もそれほど危険はないらしい。午前中であれば荷揚げされた商品の運送などで人通りも多くなるため、さらに安全だという話だったが、今からではさすがに遅いだろう。
念のため、護衛を一人紹介して貰うことにした。
少ししてやってきたのは30代くらいの軽装の戦士風の男性だった。
「俺はログだ。よろしくな。ランクはDだ。」
「アキツグです。よろしくお願いします」
「目的地はヒシナリ港だって?兄ちゃんも心配症だな。あの辺の道は長らく魔物の目撃情報もないし、護衛なんて必要ないと思うぜ?ま、俺が言うのもなんだがよ」
「そうみたいですね。とはいえ、俺は殆ど戦えないので万が一があったら困りますから」
「それはそうだな。警戒している時にゃ死神はやってこねえって言葉もあるし、用心するに越したことはねぇか」
自己紹介も終えたところで馬車に乗り込みヒシナリ港に向けて出発した。
道中は聞いていた通り道も整備されており、護衛を連れていない商人や平民の様な人達ともちらほらすれ違った。やはり心配しすぎだったかもと思いつつも初めての道だし、慎重を期しただけだと自分を納得させることにした。
数時間後、予想通り何事もなくヒシナリ港まで到着することができた。
「到着っと。まあやっぱり何もなかったな。帰りはどうする?見て分かったと思うが、護衛なんていらなかったろ?」
確かに道中、魔物の一匹も見かけなかった。その上慣れているらしいこの辺りの人は普通に往来していた。
「そうですね。でも、ログさんは良いんですか?」
「あぁ気にすんな。俺は普段からよくこっちに来てるからな。珍しい護衛依頼を見かけたからついでに受けただけだ。適当に飯でも食って帰るからよ」
「分かりました。ここまでの護衛ありがとうございました」
「おうよ。まぁ、ここには珍しいもんもあるから楽しんでいってくれ」
そういうとログさんはひらひらと手を振りながら飯屋に入っていった。
改めてみるとヒシナリ港は海に向けて土地の一部が突出しており、そこにちょうど大小様々な船が停船していた。
今日の荷揚げはもう終わっているようで、一部の船は既に出航していた。
周りには新鮮な魚や別大陸の食材を売りにした食事処や、取れたての魚の販売や貝殻などをアクセサリに加工した露店など色々な店が並んでいた。
『結構賑やかね。それに海って本当に終わりが見えないのね。水の上にあんなに大きな船が浮かんでいるのも初めて見たわ』
「あぁ、この辺は岸辺だから大丈夫だろうけど、先に行くと深さも信じられないくらい深い場所もあるからな。俺も海は久しぶりに見た気がする」
『へぇ。そうなのね』
ロシェは海の景色を気に入ってくれたようだ。物珍し気に眺めている。
俺も同じように眺めていたのだが、ふと人通りに目を向けるとそこには黒髪でゆったりしたローブを身にまとった女性が立っていた。
こちらの世界に来てから黒髪の人間はほとんど見なかった。それに何となく懐かしさを感じて見ていると、向こうもこちらに気づいたらしく目が合った。
彼女も何か気になることでもあったのかしばしこちらを見ていたが、ふっと視線を逸らすとそのまま人ごみの中へ消えていった。
『どうかしたのアキツグ?』
「いや、俺と同じ黒髪の人間が居たから珍しいなと思って少し見てただけだ。さて、せっかく来たんだしまずは露店でも回ってみるか」
『そうね』
そうして気になる露店をいくつか回っていった。
マジックバッグを貰ってから本当に便利になった。日持ちしないものもそうだが貴重品もこちらに入れておけば誰かに見られる心配もない。流石に容量に限度はあるので、まとめ買いするようなものなどはカモフラージュも兼ねて馬車の荷台に積んでいる。
先ほど見かけた貝や真珠などをアクセサリーに加工した店の前に来た。
どれも綺麗な出来ていて、潮の香りが気になるということもなさそうだ。
これは気に入る女性が多そうだな。いくつか仕入れておこう。
「ロシェはこういうアクセサリーとかは興味ないか?」
『ん?可愛いとは思うけど、私ハイドキャットよ?そんなの付けたら気づかれちゃうじゃない』
言われてみればその通りだ。今もロシェは姿を隠してついてきているというのに、なんだか自然に聞いてしまっていた。
「なんか・・・ごめん」
『謝るようなことじゃないわよ。気にしてくれたんでしょ?まぁ、変にごてごてしている装飾品よりはこういう自然の装飾品の方が私は好みね』
「そっか。それならせっかくだし海に来た記念にってことでどうだ?宿や旅の道中なら付けても問題ないだろうし、眺めて楽しむって方法もあるだろ?」
『海に来た記念に・・・そうね。それならお言葉に甘えましょうか』
そう言ってロシェは、店に並ぶ品を眺める。思いのほか真剣に選んでいるようだ。しばらくすると商品の一つを指さした。
『それじゃ、これにするわ』
「分かった。店主さんこれ下さい』
「はいよ。まいどあり」
『アキツグ。ありがとう』
受け取った品をマジックバッグに仕舞う。ロシェの声も心なしか嬉しそうに聞こえるし提案してみて良かった。
その後、新鮮な魚をいくつかと取引に使えそうな特産品などを仕入れているとご飯時になってきたので、近くの飯屋に入り魚料理と果物の盛り合わせなどを頼んだ。料理が運ばれてきたところでロシェ用に購入した器に果物を載せて渡してやる。
この世界に来て初めてのそして久しぶりの魚料理を楽しんでいると、その様子が気になったらしいロシェが話しかけてきた。
『その魚って言うのはどんな味なの?』
「これか?魚って言っても種類によるところはあるけど、この魚は皮はパリッと焼き上げられて身はふっくらしているって感じかな。海に住んでいるからか陸の生物とはまた違った味わいで美味しいよ」
『ふ~ん。少し貰っても良い?』
「あぁ、それなら先に口直しをしたほうが良いな。」
そう言って水と魚の切り身をそれぞれ別の器に乗せてやる。
ロシェは言われた通り水で口直しをしてから魚の切り身を口にした。
『・・・確かに食べたことがない触感ね。これも美味しいわ』
「それは良かった」
どこかで猫は魚が嫌いな場合もあると聞いたことがあったので少し心配だったが、ロシェは魚も大丈夫なようだ。
『でも、食べる順番を間違えたかも。こっちを先に食べるべきだったわ』
「確かに果物はデザートって感じだもんな。悪い」
『私が頼んだのだから気にしないで』
そうして美味しい食事を終えて、今日のところは近くの宿で一泊することにした。
ロシェは早速先ほど選んだ真珠の耳飾りを眺めている。着けてみるか?と聞いてみたのだが、着けたら見えなくなるからいいと断られた。なんだか本来の用途とは異なる気がするが、ロシェが楽しんでいるなら良いだろう。
俺は邪魔しないように以前に取引で交換した本を適当に読みながら夜を過ごした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます