第4話 商人との交渉

「ん?さっきの商人さんじゃないか。商売は上手く言ったかい?」


泊まるだけの稼ぎがあったかと聞きたいのだろう。

生憎商売ができても金銭は手に入らないのだが。


「そのことなんですが、やはり薬での支払いはできませんか?」

「あ、いやさっきは悪かったな。もちろん構わないよ。貰った薬の効き目も良かったしな。とりあえずそれで1泊分にしておくよ。追加はどうする?と言ってもこの村に長居するほど見るものもないと思うけどな」


宿屋の主人はあっさりと前言を撤回した。その上先に渡した薬も代金に含めてくれるという。やはりスキルの影響があったということだろう。

何にしろこれで野宿は避けられそうだ。


「そうですね。道具屋と雑貨屋は今日回ったし、次はロンデールに行ってみようかと思っているのですが」

「ロンデールか。まぁ、ここから次に向かうならそこか南のハイン村のどっちかだろうな」


南にも村があるのかそっちの情報も聞いておきたいな。


「とりあえず1泊で。あと良ければロンデールやハイン村のことについて教えて貰えませんか?」

「あぁ、良いぜ。ロンデールはこの辺だと大きめの町だな。近くにダンジョンの入り口があるから冒険者が結構多い。ダンジョン産のアイテムも出回るから商人ギルドもあるし商店も多いな。」


ダンジョン。魔物が巣食う洞窟や遺跡のことだったか。現実味がないがやはりそういうものがあるんだな。なるべく近寄りたくないが。

商人ギルドには早めに行ってできるなら加入しておきたいな。知識によるとギルドカードは身分証にもなるようだし、横の繋がりを得られるのも重要だ。あとギルド発行の仕事を受けられたりもするんだっけ。・・・あれ?報酬って当然現金だよな?俺の場合どうなるんだろう?

まぁ、そこも試してみれば分かるか。


「ハイン村は大きな牧場があるのが特徴でな。ホワイトブルやフラワーシープなんかの牧畜をやってる。小さいが冒険者ギルドもあるぞ」


ホワイトブルは草食で大きめの体をしている。肉は部位ごとに触感や味が異なりどれも美味しいらしい。

メスのホワイトカウの方はミルクが取れてそちらも美味しいらしい。

フラワーシープは花のように様々な色の体毛を持つ動物で貴族のドレスなどの材料として重宝されているらしい。

肉やミルクは日持ちが厳しそうだが毛糸なら取引に使えそうだな。


「ハイン村には商人ギルドはないんですか?」

「ないな。商人ギルドがあるのは基本的に取引が盛んな大きな町くらいだよ」

「なるほど。ちなみにロンデールとハインは徒歩だとどれくらい掛かるでしょうか?」

「そうだな・・・ハインは朝から出れば夕方くらいには着く。ロンデールは2日くらいかかるな。」


ロンデールは2日か。徒歩で行けるなら近い方か。野宿自体は慣れているが、何が襲ってくるか分からないのが不安だな。

ハインは思ったより近いが、まずはやはり商人ギルドに行ってみたい。

行くとしてもロンデールの後かな。


「っと、そろそろ夜になるが夕食はどうする?ちょうどさっき話したホワイトブルのシチューがあるぞ」

「おぉ、それは是非!」

と、情報料も含めて少し色を付けた量の薬をまた選んで貰い支払いを済ませる。

「あいよ。部屋は2階の手前の部屋を使ってくれ」

「分かりました」


少しして主人がパンとシチューを持ってきてくれた。

パンは少し硬かったがシチューに浸すとちょうど良いくらいになる。シチューも肉がしっかり入っていてボリュームも味も満足できるものだった。

確かに美味い。他の部位もどんな味なのか気になるな。

食事を終えて、2階に上がる。

部屋は広くはなく小さめのテーブルとイス、後はベッドが置いてあるくらいだった。とはいえ今日はもう寝るくらいなので問題はない。

濡れタオルで軽く体だけ拭いて早めに休むことにした。


(スキル説明を見た時はどうなることかと思ったけど、レベルも1つ上がってなんとかやっていけそうにはなったな。

そういえば敵と戦ったりしてないのに上がったということは、このスキルは取引の量や回数で上がる認識で良いのだろうか。雑貨屋での取引直後に上がったからこの認識であっているとは思うが。

好感度は・・・よく分からないな。そもそも店を構えている商人でもないと大抵は一期一会の相手だし、よほどのことがなければ好感度を上げるのは難しいだろう。まぁ、取引自体はできているし今は気にしなくていいか)


そんなことをぼんやり考えている内にその日はいつの間にか眠りについていた。

次の日、朝起きて出発の準備をしていると、窓の外から少し賑やかな声が聞こえた。見ると馬車を引いた一団が来ているようだ。

周りの人間は装いからすると護衛だろうか。もしロンデールに戻るのであれば護衛をお願いできるかもしれない。

そう思い立つと早速交渉に行くことにした。

1階に降りるとちょうどその一団が食堂に入ってくるところだった。


「すみません。いつものを3人分お願いできますか」

「あいよ」


朝食を取りに来たようだ。ちょうどいいな。相席をお願いしてみるか。


「おはよう。悪いが、俺にも同じものを頼めますか」

「あぁ、おはよう。同じのでいいんだな。分かった」


そういうと宿屋の主人は戻っていった。


「おはようございます。良ければ相席よろしいでしょうか?」

「おはようございます。この宿にお客さんとは珍しいですな。構いませんよ。食事は多い方が楽しいですからな」

「良かった。ありがとうございます。俺は旅商人をしているアキツグと申します。もしかしてそちらも?」


この世界では貴族以外は家名を持たないようなので姓は伏せることにした。


「えぇ、商人のハロルドです。私はロンデールに店を構えているので旅商人ではありませんが。こちらの二人は私が護衛をお願いしているミルドさんとエリネアさんです」

「ミルドです。よろしく」

「エリネアです」


ロンデールの商人か。歳は20代後半くらいだろうか、少し気が弱そうだが、物腰が柔らかい。もしかして例の木彫り細工を仕入れに来ている人だろうか?

ミルドさんは20代前半くらいかな?身軽そうな旅装束だ。背中の両側に剣の柄の様なものが見える。双剣使いかもしれない。

エリネアさんの方は……フードを被っていて表情が読みづらいが、こちらも20代前半くらいだろうか、弓を背負っていて、腰には短剣を装備している。

護衛の二人には少し警戒されているようだ。まぁ、突然他人が相席を頼んだりすれば無理もないか。


「おぉ、その若さでもう自分の店をお持ちとは素晴らしい。今回はどちらまで行かれる予定なんですか?」

「いえいえ偶々良い商いができただけの若輩者ですよ。目的地はここです。実は雑貨屋さんで扱っている木彫り細工が見事でしてね。定期的に買い付けにきているのですよ」

「あぁ、そうでしたか。確かにあれは見事なものでした。雑貨屋の店主に聞いたのですが、家具のミニチュアをよく買われているとか」

「えぇ、ご贔屓にして頂いている貴族様が気に入られてましてな。最初はそれ以外も含め専属契約を結べないか交渉してみたのですが、趣味でやっているものだしあまり目立ちたくないと断られてしまいましてな」


ハロルドさんは苦笑いをしながらそう答えた。

なるほど。必要なものだけ購入しているのも店主の機嫌を損ねないためか。こちらとしては助かったな。


「そうでしたか。分かりますよ、あれだけのものですから販路さえ開拓できれば売れるのは間違いないでしょうね」

「いやぁ、本当に。とはいえ無理強いもできませんからね。ああいうものは作り手の感性が大切ですから。強制して質が落ちては元も子もないですし」

「確かに。ところで、買い付けが終わったらそのままロンデールに戻られるのですか?」


話が盛り上がってきたところでそろそろ本題を切り出すことにした。


「えぇ、町で仕入れた薬や日用品も雑貨屋さんに卸してましてな。その取引が終われば戻る予定です」

「なるほど。実は俺もこれからロンデールに向かおうとしていたところで、もし良ければご一緒させて貰うことはできないでしょうか?

もちろんタダでとは言いません。」


そう言って、ハロルドさんには宝石類を護衛の二人には傷薬や治療薬などを提示する。


「契約してない同行者が増えるのは護衛の方にとっても負担でしょうし、ご希望の品があればそれを対価にお願いしたい」

「ふぅむ、そうですな。私は構いませんが、ミルドさんどうですか?」

「・・・ハロルドさんが許可するのであれば問題ありません。敵意があるようには見えませんし。エリネアも構わないな?」

「えぇ」


よし、交渉成立のようだ。ロンデールの商人と繋がりが持てたのもありがたい。道すがら町のことや商人ギルドについても聞いてみよう。


「ありがとうございます。では、俺も部屋に戻って準備をしてきます。村の入り口で合流で良いでしょうか?」

「えぇ、そうしましょう。それではまた後程」


そうして一旦別れて部屋に戻る。


(護衛の二人はほとんど話さなかったな。ミルドさんとエリネアさんって言ったっけ。できれば二人とも仲良くなっておきたいが、まだどんな人物かよく分からないしな)


そう考えながら荷物を纏め終えると、宿の主人に礼を告げて合流場所の村の入り口に向かうことにした。

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