小説家死亡
休憩が終わって、筒井さんと別れた。
筒井さんは、冷凍食品倉庫へと、入っていった。
「わしはこれから、冷たい箱の中や、ほな、さいなら」
本当にさようなら。
二度と会いたくなかった。
その後、筒井さんを工場で見ることは、二度となかった。
僕は自分の持ち場に戻った。
小箱を作った。
箱を作った。
ダンボール箱に入れた。
僕の手が触れるのは、箱ばかりで、商品には、いまだ、指一本、触れたことがない。
箱と、箱と、箱と。
中身がないわけじゃない、けれど、中身の見えない、仕事だった。
箱を積み上げる作業。
そろそろ腰が、限界をむかえようとしていた頃、終業のベルが鳴った。
痛む腰をさすりながら、早く家に帰りたい。早まる気持ち、とは裏腹に、疲れで、ゆっくりと、ゆっくりと、足を運んだ。
家に帰り、汗で汚れた服を脱ぎ捨て、空のバスタブに腰を下ろす。
六十度。MAXの温度のシャワーを、頭から浴びる。
給湯器が古いのか、僕の体が鈍いのか、ちっとも、熱さを感じない。
ぬるい液体が、バスタブを満たしていく。
手で水を掬い上げる。
パシャパシャと、顔を洗った。
足を伸ばしたい。
こんな小さな、バスタブの中じゃなくて、ゆっくりと、足を伸ばして、お風呂に浸かりたい。
いつも、そんなことを考える。
すでに深夜だが、洗濯機を回す。
この部屋のいい所は、防音のしっかりとしている所だ。
夜中、何かに押しつぶされそうになって、叫んだことが何度もある。
幾度も、幾度も、繰り返し絶叫するも。
いまだ、隣から文句の一つもこない。
僕が叫んでも、外には、何も、届かない。
僕がこの中で、生きていることを、誰も、知らないんだと思うと、馬鹿馬鹿しくなって、叫ぶのはもう、やめてしまった。
空腹。
腹が、減った。
今日は、人と喋ったり、なんだか、とっても疲れた。
とっておきの料理を、とって出す。
箱入りのレトルトカレー。
箱は捨て、中から袋を取り出す。
ずっしりと、重い、気がする。
しまった、何分だろうか。せっかくのカレーだから、レンジじゃなく、湯せんで調理したい。
箱をごみ箱から、漁ろうとすると、袋に調理時間が書いてあることに気づいた。
湯せん中。
箱入りのレトルトカレーって、箱、必要ないんじゃないか、と考えた。
安いカレーは、そもそも箱のないものも多いし、調理時間も、こうやって、袋の方に書けば良いし。
あれ、これ、何カレーだっけ? グリーンカレー系なのは知ってるけど、なんか、聞いたことのない名前だったような。出すか? 箱。いや、いいか、面倒くさい。
箱に書かれた文章なんて、誰も読んでない。
チン、とレンジから、パックごはんの温まった音。
湯せんが終わるまで、あと、二分。
パックごはんをスプーンで半分に割って、二つを積み上げる。
湯せんが終わった、カレーを、パックの空いたところに慎重に注ぐ。
あっ、カレーの箱が、容器になれば、便利だな、と思った。
グリーンカレーは、油分が分離していて、ちょっと、不味かった。
僕は原稿用紙を取りだした。
食事が終わった後、いつも、少しだけ書いて、箱の中に積み上げていく。
僕は、原稿用紙に、『僕は、』と書いた。
小学校の頃、感想文などの文章を書くとき、『僕は、』から、始めるやつは、センスがない。と国語教師に言われた。
けれど、『僕は、』と書いて、続きを、何を、書こうか、というこの時間が、僕は、好きだった。
誰に、なんと、言われようと。
『僕は、僕っス。
僕は、BOX。
僕は、箱。』
いや、流石に、これは、ちょっと恥ずかしいかな?
小説家志望、箱の中、小説家死亡。 あめはしつつじ @amehashi_224
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