小説家志望、箱の中、小説家死亡。

あめはしつつじ

小説家志望

 箱の中。

 小箱の中。

 僕は、その中。




 1Kのアパート、八部屋。

 その部屋の一つで、僕は目覚める。

 時刻は夕方、午後四時。

 今日は夕勤、準夜勤である。

 手早く身支度をして、朝食なのか、昼食なのか、夕食なのか。

 牛乳を飲んで、バナナを食べる。

 バナナが痛むのが、早くなってきたことに、春の訪れを感じる。

 今日から、牛乳と一緒に、バナナも冷蔵庫に入れることにする。

 家を出ると、偶然、隣の部屋の人と一緒になった。

 こんな人だったけ? スーツを着て、部屋から荷台を転がして出てきた。

 荷台の上には、人が一人入れそうな、大きな箱が、置いてあった。

 目が合ったので、どうも、と一礼をする。

 工場に出勤する。

 僕の仕事は、三つ。

 一つ目。

 商品を入れる小箱を作る。

 少し硬いボール紙を折って、手のひらに収まるくらいの小さな箱を作る。

 二つ目。

 商品を入れた小箱を入れる箱を作る。

 ちょっと丈夫な、白いボール紙を折って、箱を作る。

 A4のコピー用紙を1000枚重ねたくらいの、大きさの箱を作る。

 この二つの作業をなるべく、早くもなく、遅くもなく、こなしていく。

 コンベアの速度が決まっているからだ。

 箱を作る、コンベアに乗せる、紙を手にとる。箱を作る、コンベアに乗せる、以下略。

 三つ目。

 ダンボール箱に梱包する。

 商品を入れた小箱を入れた箱を、ダンボール箱に詰めて、封をする。

 そして、箱をパレットに積み上げる。

 箱は重いし、ただ積むと、崩れやすくなる。パレットの大きさも、まちまちのため、ちょっと積み方も考える。

 辛いけど、一番仕事をしている感じがして、好き。

 けれど、時々、僕はなにをやっているんだろう、とも思う。

 休み時間、休憩室で仕出しの弁当を食べていると、

「お兄ちゃん、名前なんて、言うんや」

 と知らないおじさんに話しかけられた。

 年は、もう、六十を過ぎているだろうか。

 休憩中に話しかけられることなど、ほとんどなかったし、急でのことだったので、口の中に、白身魚のフライと、白米を含んだまま、もごもごと答えた。

 口を動かすたびに、タルタルの味がした。

「ほー、ビロードのてんがやな」

 口の中のものを飲み込み、お茶で流し込む。

 どう言う意味か、少し考えていると、

「これや、これ」

 とおじさんはスマホを見せた。

天鵞絨ビロード天鵞てんがや、あめ、わし、天鵞あめわし。白鳥っちゅう意味や」

 天鵞絨。綺麗な字だ、と思った。だけど、見せられた画像の背景の色は、白鳥の白、ではなく、暗く、青い、緑色だった。

「お兄ちゃん、わしのこと、なんやけったいなやっちゃ、と思とったやろ。あかんで、人の事、見かけで判断したら、わしな、この年になって、なにを言うとんねん思ーかも分からんけど、小説家目指しとったんや。まあ、あかんかったんやけど、けど、難しい漢字なんか、結構知っとんねんで」

 僕もです。思わずそう言ってしまった。実は、僕も小説家を目指していて、

「なんや、ほんまかー。けどな、お兄ちゃん、そんなら、いっぱい勉強せなあかんで、天鵞絨くらい知らんとー。なんなら、わしが教えたろかー。せや、二人で小説書くん面白そやな、あっ、せやせや、すまん、今更思い出したわ、自己紹介してなかった。わしな、筒井言うんや、筒井筒の筒井。みんなからは、つつじいなんて、呼ばれとんねんけど、あんな、さっきの話な、二人で小説書くん、おもろそや言うたけど、ペンネームは、あめはしつつじ、なんてのは、どうや。二人でなし、一人でぴったり、気持ちのいい名前やで」

 どう言う意味か、尋ねると。

「テンガや、筒や」

 筒井さんは、手を筒にして、しこしこと動かした。

 最悪な気分だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る