第4話曽根崎未来ファンクラブ

 曽根崎未来は学校のアイドルである。

 容姿端麗、成績優秀。時折見せる天然らしさと運動におけるポンコツさから、彼女は嫉妬の対象ではなく、愛すべき存在として異性だけでなく同性の間でも受け入れられている。


 より正確には、同性の者たちの方が意外と曽根崎未来という人物に対して強い愛を抱いていたりする。


「ちょっとよろしいでしょうか?」


 そんなわけで、曽根崎未来の熱愛疑惑はあっという間に学校中に広まり、噂を聞きつけた熱狂的な未来ファンが飯島という害虫を仕留めようと動き始めた。


 楚々とした振る舞いを見せる一年生を前に、孝樹は首をかしげながら自分を指さして見せた。


「僕、かな?」

「ええそうです。飯島孝樹さん。ちょっとお時間をいただけません?」


 孝樹に比べて四十センチは低い女子生徒は、身長差に由来する見下ろす視線に気圧されながらも、それをおくびに出さず孝樹をにらみつける。有無を言わさぬ視線を受けて、孝樹はためらうことなくうなずいて見せた。


 今は業後。帰りのHRも終わり、掃除をする生徒と部活に向かう生徒で学校はせわしない空気に包まれていた。


 その空気は孝樹たちの教室においても変わらず、リュックサックに加えて部活鞄を肩から提げた宗次郎が教室から出ていき様に孝樹へと手を振る。


「なんかあったら言えよ~」

「うん、ありがとう。宗次郎も部活動頑張ってね」

「おう。レギュラー入りしたいからな!」


 言いながら、宗次郎はあっという間に廊下の先へと消えていった。そして孝樹もまた、後輩に連れられて人気のない校舎の陰へと移動した。


「早速ですが、聞きたいことがあります」

「……その前に名前を教えてもらってもいいかな?」

「くっ、その名前を武器に脅されたと教師に報告するつもりですね!卑怯な!?」

「え、脅された?僕って、今から脅されるの?」

「そうですわ。皆様、彼が飯島孝樹です!わたくしたちの女神、未来様をたぶらかした醜男ですわ!」


 周囲に向かって叫ぶとともに、近くの茂みから、あるいは一階の廊下の窓から、次々と生徒が現れて孝樹を取り囲んだ。

 その総数は、実に十三人――多い。


「……さあ、観念するのです!」


 黒髪を振り乱し、歯をむき出しにうなる少女を前に、孝樹はぽかんと立ち尽くすばかりだった。


「ええと、どちら様? 聞かせてもらってもいいよね、白崎さん?」


 孝樹の疑問も当然のこと。何しろ彼は目の前の集団のことも、彼女たちの名前も知らないのだから。

 二名ほど混じっていたクラスメイトおよび去年のクラスメイトを別にすれば。


 指名が入った白崎へと女子生徒たちの視線が集まる。その視線にやや気圧されながらも、白崎はゴホンと咳ばらいをしながら強く足を踏みしめて肩幅に足を開いて立ち、腕を組んで言い放った。


「やあやあ我らこそは曾根崎未来ファンクラブ、その最大派閥の十二支団である!」

「……ええと?」


 キョトンとした孝樹の純粋な視線に耐えられなくなったのか、白崎はうつむきがちになってぼそぼそと「未来ちゃんをめでる会の一員だよ」とつぶやいた。


「未来……って曽根崎さんのこと?」

「ああ、なんてこと! わたくしたちのお姉さまを呼び捨てなんて!」

「いや、ちゃんと曽根崎さんって呼んでるよ?」

「それは世を忍ぶ仮の呼び名! きっと裏ではいつくしむような声で『未来』と呼んでいるに違いないのです!」


 声を張り上げるのは孝樹をここまで呼び出したちんまりとした一年女子。やかましくこぶしを振り上げる彼女とは違って、ほかの十二名はどこか困った顔をしていた。


「……ええと?」

「ですから、わたくしたちの要件は一つです!飯島孝樹!あなたが未来様を穢したその罪、万死に値します!」

「うん、さっきからよくわからないんだけれど、僕は曽根崎さんに何かしちゃったのかな?」

「何か、ですと!?まさか、ここにきてごまかそうとするなんて!さすがは未来様をたぶらかした大悪党!」

「いや、だからさ……」

「ええい、者ども、成敗するのです!」


 やっておしまいとばかりに号令がかけられたけれど、そのほかの者は視線を合わせるばかりで動こうとしない。そのうちに、孝樹に向かって手を突き出していた少女は羞恥に顔を赤く染め、プルプルと震えだす。


「うぐぁぁぁぁぁぁぁ!」


 やがて小さく悲鳴を上げて体を逸らすと、いじけたようにしゃがんで指で地面に絵を描き始めた。

 ふてくされたような下級生のことが気になりつつも、孝樹は白崎に事の詳細を訪ねた。


「……ええと、つまり、僕と曽根崎さんがクラスメイト以上の関係にあるんじゃないかって思った柊さんが、曽根崎さんのファンクラブの仲間を連れて事の真相を訪ねに僕のところにやってきたと。ファンクラブって本当にあったんだね」


 いまだに三角座りになっていじけている柊夜空を見て、それから再び白崎へと視線を戻し、孝樹はため息とも感嘆ともつかない息を吐いた。


「あれ、信じてなかったの?」

「うん、時々耳にはしてたけど、冗談の類かなって。だって、会員だって告げる人があまにも多すぎたからさ」

「そうですわ! それはひとえに未来様の偉大さゆえなのです!」

「うわっ!?」


 突然立ち上がった柊が、大仰に身振りを加えて、いかに曽根崎未来という存在が偉大かを話し始める。


「わたくしが傘を忘れて立ち尽くしていたところ、未来様がやってきて教えてくださったのです。友愛傘の傘立てに置いてある傘は使っても構わない傘なのだと! おかげでわたくしは雨にぬれずに帰ることができたのです! わかりますか!? 困っていたわたくしを見逃さず、的確に解決策をもたらしてくださった未来様の素晴らしさが!」

「うん。曽根崎さんはすごくいい人だよね」

「そう、そうなのです!」

「僕も以前、雨の中倒れている犬を拾った時、犬を抱えるために両手がふさがっちゃってね。そのまま仕方なく雨に打たれて移動しようとしたら、通りがかった曽根崎さんが傘を差してくれたんだよ。しかも彼女、自分の肩が雨に濡れているのを気にせず、僕が濡れないように傘を僕中心に差してくれたんだ」

「ああ、心温まる未来様の素晴らしいエピソード! ええ、そうなのです! 未来様は心の広い素晴らしいお方なのです! わかっていますね、飯島さん!」

「柊さんも曽根崎さんのことをよく見ているんだね」

「それはもう! わたくしは未来様を愛していますから!ファンクラブの名誉会員なのです!」

「……ギリギリ二桁になって勝手に名乗っているだけなんだけどね」

「ちょっと、寧音さん!?」


 真実をばらされて、柊は涙目になって白崎をにらんだ。いたずらめいた笑みを浮かべる白崎は、まあまあ、と髪を振り乱して怒りをあらわにする柊をなだめる。


「それより十二支から外れたかわいそうな夜空ちゃん」

「うぐぁ……何でしょうか?」

「うん、その、ね。そろそろ未来ちゃんが瀕死だからここでやめにしない?」


 言われて、柊はキョトンと首をかしげる。白崎が指で指し示すのは、柊たちが孝樹を取り囲んでいた校舎外、そこへ続く保健室近くに設置された廊下から外に出るための通用口だった。

 やや砂でくすんだアルミの扉は半分ほど開いており、その先にリンゴのように顔を真っ赤にした未来がいた。


「ええと、その、あの……ありがとう、ございますぅ」


 孝樹と柊の褒め殺しを一心に浴びた未来は目を回しながら、か細い声でそう告げた。


「未来様!? く、飯島孝樹、謀ったのですね!?ここでわたくしが未来様に嫌われるように仕向けて未来様からの寵愛を求める争奪戦から脱落させるつもりだったのでしょう!?」

「え、いや、別にそんなことは……というか、僕はただ呼ばれてここに来ただけだし……」

「む、だとすると寧音さんですね!」

「ありゃ、ばれちゃった? 今日は未来ちゃんは教室の掃除当番でなおかつゴミ捨て担当だって話だったから、会話を長引かせればかち合うと思ったんだよね。教室からゴミ捨て場に向かうのにここは最短ルートだもの」


 味方だと思っていた白崎の裏切りに、柊は一瞬燃え尽きたように体から力を抜き、それからぽかぽかと白崎の胸をたたき始めた。


「ちょ、ちょっと、夜空ちゃん。痛いんだけど!?」

「寸胴な白崎さんはかわいそうですね。こうして胸をたたかれると衝撃吸収材がないからもろに振動が体に響いて」

「ちょっと、ブーメラン、ブーメランが飛んでるよ!」


 白崎と同じくらい寸胴体型な柊は自分の言葉でダメージを負っていた。


 そんな二人といまだに目を回している未来を見ながら、孝樹は何となく近くにいた女子生徒の一人へと近づいて声をかけた。


「……あの、十二支が何とかっていうのは?」

「ああ、飯島先輩。それは曽根崎様のファンクラブにおける私たちの集まりの総称です。曽根崎様を見守る女性の会であり、そのうちの十二名は名前に干支の響きが入っていることにより、幹部に指定されています」

「ちなみに、みんなは十三人みたいだけれど?」

「はい、柊さんは唯一干支の響きが名前に入っていなかったもので、彼女にはリーダーという名目上の冠を贈呈しています」

「…………なるほど」


 つまり可哀そうな子なんだな、とそう理解して孝樹はポコポコと白崎の胸を叩く柊の姿を見つめた。


「ああもう、どうしてあなたにそんな目を向けられないといけないのですか!」


 孝樹の憐憫混じりの視線を受けて、柊は天にとどろかすような悲鳴を上げた。

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