第3話 劇的すぎビフォー・アフター

「うーむ……」


(やっぱり、傷一つついてないな)


 怒りのグーパンチでピヨコトリスを撃退した後。


 周囲を探索し見つけた洞穴に一先ず腰を落ち着けた俺は、成人男性の背丈よりもデカイ鳥に噛みつかれていたにもかかわらず無傷で済んだ右腕の調子を確かめていた。


「グーチョキパーグーチョキパーと、うん」


(軽く動かしてみた感じ、異常はないな)


「問題なし、だな」


 探索の途中で拾った木の実に口をつけ、俺はふっと息を吐きだした。


(見た目はヤシの実に似ているが、中身を満たしているのはチョコレート風味の炭酸水。 間違いない、これはココアコカの実…FHOに登場する食材アイテムだ)


 モンスターの生態や世界の歴史・地名・人種や信仰に食文化など、事細かく世界観を書き記した資料集が全部で五巻も発売されていたFHOは、バフを掛けるためにとる食事の材料、食材アイテムにすら一つ一つ味や産地といった細かい設定がつけられていた。


(ココアコカの実に、俺を襲った怪物…ピヨコトリス。 もしかすると俺は、FHOの世界に来てしまったんじゃないか? )


「異世界転移……いや、異世界転生か」


 まあどちらにせよ、夢を見てるってわけではなさそうだし。


 この身に起きた不思議な現象に名前を付けるならピッタリな言葉だろう。


(とするとやはり、この体は……ゴドーのものか? )


 俺の苗字である後藤からとってゴドー。


 そう名付けた、FHO内における俺の分身、アバター。


(地声よりも低く逞しい声、バキバキに割れた腹筋に引き締まったボディ、いつもよりも高い目線)


 鏡を見たわけではないので断言はできないが、今わかる範囲でも記憶にある自分と今の自分とではだいぶ容姿や声がかけ離れていた。


(現実の俺はマッチョどころか、お腹周りが気になり始めたただのおっさんだしな……)


 自分で言ってて悲しくなるが、年齢を重ねるごとに体力が落ち忙しさを理由に運動もサボっていた俺の体が一夜にしてこんなムキムキになるわけがない。


(普段はずっと防具を着ていたから正確には思い出せないが……)


 なんとなくこの体には見覚えがあった。


(まあ実際、ゴドーは理想の自分としてキャラクリしたわけだしな)


 そりゃマッチョの男前に作りますわ。


「ふぅ……。 ご馳走様でした」


 あれこれと考え込んでいるうちに、拾ったココアコカの実の果汁を全て飲み干してしまったようだ。


「よし」


(とにかく、人里を目指そう)


 いまだこの信じがたい現実を受け入れられず、頭の整理がつかないが。


 装備も食料もないままこの場所に留まり続けるわけにはいかない。


 俺はこれまでに手に入った限られた情報から一旦この世界がFHOと同じ、あるいはFHOに酷似した世界だと仮定し。


 記憶の中にあるゲーム内の情報を頼りに、人がいる場所を探す事にした。

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