第二話:パパ上、深淵の先に行く
元私の部屋の奥。その奥には、なぜか高級な、昔ながらの意匠の曇りガラスの引き戸があった。
そこは、我が実家の暗部の入口だ。
「入ってみてもいいが、誰か大人と一緒に入らないとダメだからなあそこは」
「えー、私なにあるかしってるよー?」
「アネムスよ、本当に、全てを知っているかい? 多分お母さんからもあそこは入ってはいけないと言われていなかったかい?」
「……言われた」
「ならばこそ、アネムスが知っていることはおじちゃんは知らないことにしておこう」
ふふ。こっそり見に行ってしまったんだろう。きっと引き戸開けてすぐに引き返してきたんだろう。我が姪ながら、可愛いもんだと、すっとその手に飴ちゃんをのせてやる。
いや、後ろに実姉様、いるから。
私が口を閉ざしてももう聞こえてるんだけどさ。
「で、行ってみるか?」
さあ、勇気を出すときは今。だけども出さなくても問題ない。
なぜなら、実姉達の荷物をまずはどかして道を作らなければならないからね。
引き戸を指すわけでもなく、その手前の何年もどかしてないだろう荷物を指差すと、チェジュンとアネムスは意味が分かって無言になった。
要は、面倒なのだ。
私と共通の認識を二人にもってもらえて、私はとても嬉しい。ならば私が言うことは一つ。
「ふむ。やはり難しいか。であれば――」
「え、なにあるのそこ。見たことないからいこうぜ」
「……」
……セバス。お前には聞いておらんのだが。
深淵という言葉がある。英語で言うならアビスである。
進化の終着点という意味をもち、人間の行き着く最後の未来という意味と、とても奥深くそこが知れないことといった意味から、主に地獄を連想するのではないだろうか。
その深淵。
それは、そこにあるのだ。
ぎぎぎっと音を立てたその深淵の入口は、開けば開くだけその奥から言いようもない空気を漏らして私達を迎えてくれる。
それこそまさに、地獄の入口である、人を寄せ付けることのない冷酷な世界を現しているかのようだ。
まあ、冬だし、外は若干雪降ってるし、ここ雪国だし。田舎だし、山にも近いし。
そりゃ開けたら冷気が漂ってくるよね。
そういえば昔、曇りガラスの引き戸、実兄と喧嘩したときに思いっきり割ったな。すっげぇ高いからのになんで割ったんだって両親からすごく怒られた記憶がある。
私、その時片手の甲、血まみれでしたけども。
「ふあぁぁ。なんかすごい色々ある」
ここは、第二倉庫。
家のいろんなものを集めた、ガラクタ置き場といってもいい。
もう、子供がいなくなったからこそ遊ばれることのない玩具もあれば、いつ使うのか分からないけど来客用の布団とかもあったりする。この倉庫の奥、開かずの扉――私がまだ学生だった頃、家族の誰もがそこに扉あったこと忘れていた。そんな扉もあるくらいだ。
後日開いたらそこに何年前に漬けたんだよってレベルの梅干しの瓶が見つかって、暗がりの中で見たそれは瓶の中に生首が入っているようにも見えて揃って声を失ったのもいい思い出である。
ほれ、その反対側の古めかしい棚。明らかにコップとか入れてそうな棚には、小さな細長い箱がある。
そこには、実兄と実姉、私以外の産まれた時のへその緒が入っているんだぜ。
え、私のはどこかって?
そりゃ、紛失してるに決まってるじゃないか。そんな話をした後、母が思い出したように何年振りかの重い腰を上げてこの倉庫から発掘したらしく、今は二人のへその緒が入っている棚の隣にある桐箪笥の中にぽつんとしまわれているけども。
さて。そんな中、私はとても懐かしいものを見つけた。
キン消し? それともブタミントン? 涙がでてくるわっ!
違う違う。黒い、黒いお菓子の箱だ。
比較的大きめの箱だ。
「懐かしいな」
そう思いつつ、私はその箱に何が入っていただろうかと思いだす。
確か最後に入れたのは、機動戦士〇ンダムの超合金MSだっただろうか、いやあれはマジンガー〇だったか? なんにせよ、昭和の謎の合金、超合金で作られたらしいものを入れていた記憶がある。
当時はガ〇ダムも〇ジンガーも知らない、ゲームだってほとんどやらない純粋な子供だったなぁ……。
……あれ?
実兄も、確かそこまでガン〇ムとかに興味なかった気がする……。じゃあなんでもってたんだろう。
あと、それはそれとして、そういえば、今のご時世、超合金系の玩具って、すっげぇプレミアついて高いんじゃなかったっけ?
……ああ、そうだ、思い出した。
確かここには、他にも当時とても気に入っていたビックリ〇ンシールも入れていた気がする。〇ッドロココが全部揃ってて、偽物ゼウ〇もしっかりと持っていた。ほぼコンプリートしていた気がする。それも確か、ネット界隈ではとんでもない価格がついてなかっただろうか。さすがに「とにかくバトルだっ!」でおなじみポケ〇ンほどの値打ちはないだろうけども、ちょっとした一財産くらいにはなるかもしれない。
「パパ上、それ、きっといいもん入ってるんだよね」
気づけば、じっと見つめて止まっていた私に視線が集まっていた。
セバスが私の持つ黒いお菓子の箱に何が入っているのかと開けるよう急かしてくる。
「そうだな。これはお父さんの思い出の箱だ。でも思い出のこの箱、今思ったらなかなかの値打ちものが入っているってこともあるかもしれない」
「もしかして、なんで〇鑑定団に出せるレベル!?」
「さすがにそこまでは……あ、でもそこの奥にあるのなら出せるかもしれないな」
そう言って私が差したのは、へその緒が入った棚と箪笥の真ん中あたりのスペース。更に箪笥の横に目の前にいかないと分からないレベルの隙間があって、確かそこには、軍刀が置いてあったはず。
モノホンだ。
戦争時に使われていた日本軍の軍刀がそこにあるんだ。なんでかって、そりゃ爺様だったかひい爺様だったかが戦争いってたときのだから、なかなかの値打ちもんじゃなかろうか。もちろん人を斬るためのものなのだから刃引きだってしてない。めっちゃ危ない代物だから、指差すだけに留めておく。
「ああ、それなら、母さんが捨てたって言ってたっちゃ」
子供たちと私がはしゃぐ姿を遠くからにやにやと笑いながら見ている我が実姉。そんな実姉の富山弁に、我が妻ティモシーは「義姉さんのラ〇ちゃんだっちゃみたいな方言、凄いいいです!」と、どこで感激してんだそれって思うけど、言われてみたら富山弁って〇ムちゃんだよな。いや、Reゼ〇のほうではない。
「それじゃあ、久しぶりに対面と行きますか」
いざ、年月経ったら実はプレミアついていいお金になりました系の、緊迫の一瞬。
どきどきと、ゆっくりと。ごごごごごごごと脳内で音を立てながら空いていくお菓子の箱。
そして、全てを開けたときに、そこにあったのは――
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