第5話 取引

 異変に気づいたのは、陽姉と過ごし始めてから、半年が経った頃だった。


 ガソリンスタンドの仕事を終え、帰り道を歩いていると、何やら後ろから気配を感じた。


 後ろを振り返るが、誰もいない。


 夜道を一人で歩いているから、男の俺とはいえ、怖かった。


 俺は足を早め、家へと帰ってきた。


 家へつけばとりあえず、一安心だ。


 早く、はる姉の顔を見たかった。


 しかし、陽姉はいなかった。


 部屋は真っ暗で、明かりがついていない。


 そういえば、っと俺は思い出した。


 今日、陽姉は、女友達と飲みに行くらしく遅くまで帰らないと言っていた。


 すっかり忘れていた。最近、こうして陽姉は夜遅くまで出かけることが結構多い。


 もし、先程の人の気配が俺の気のせいでなければ、陽姉も今夜遅く帰ってくるのは危ないかもしれない。


 俺はそう思いRISEを送った。


『今日、なんか変な人に帰り道付けられてる気がしたから、帰り道気をつけて。泊まれるなら、ホテルに泊まった方がいいかもしれない』

『え?大丈夫?』

『うん。とりあえず、家には帰れた』

『なら、お友達の家に泊まってきてもいい?』

『うん。その方が安心だ』


 とりあえずそのRISEのやり取りで俺は安心した。友達の家に泊まるのなら大丈夫だ。


 しかし、やはり、次の日もその次の日も何やら視線を感じる瞬間が増えた。それは、陽菜姉とデートしている時もだった。


 陽姉に、その事を言っても、何も感じていないようで、俺が何かに敏感になり過ぎているのかもしれない。


 そして、ある日の事だった。


 その日の仕事帰りも誰かにつけられている感じがしたので、俺はあえてルートを変えた。もし、万が一たまたま同じ道を同じ時間帯に通る人が現れただけかもしれない。しかし、ルートを変えてから、数十分経って、一つの人影は、明らかに俺に着いてきていた。


 その影はどんどん俺に近づいてきて、俺は覚悟を決めて振り返った。


「えっ?」

「あっ、やっぱり光?」

「ど、どうして陽姉が?」

「いやーたまたま、買い物してたら光見つけてさ!」

「ここら辺にスーパーなんてあったっけ」

「あるある!」

「それにしてはなんも持ってないね」

「いやー、あんまいいの売ってなかったの」

 陽姉は、片手にスマホしか持っていなかった。

「それはすごい偶然、俺変なやつに付けられてるかと思ってビックリしたよ」

「それはごめんごめーん!でもほんとにすごい偶然だねー」

 俺はこの時気づいていなかった。が、俺たちの様子を伺っていることを。


 ◇


 二人で約束した、あの時行けなかったテーマパークへ行く前の最後のデートとして、ウインドウショッピングに来ていた。


 こういう日常が楽しいと思った。色んな商品を見ながら、二人でそれについて語り合いながら歩いていた。


 すると、またもや、あの気配がした。


 今回は明白だった。付けてくるフードの男を、さりげなく確認した。


「陽姉ちょっとトイレ行かない?」

「え?いいけど」

 やつはきっと男だろう。トイレまではやつは着いて来れない。そこで陽姉がトイレに入った瞬間俺は踵を帰し、近くにいたフードの男を捕まえた。


「ぐあっ!」

「何が目的だ。お前は誰だ」

「済まない。悪気はないんだ。許してくれ」

「とりあえず、陽姉を怖がらせたくない。ここから離れるぞ。話はそっからだ」


 ◇


 陽姉に少し、見たいものがあるから自由に行動してていいよとRISEをうってから、俺はそのストーカー男とショッピングモールの中のカフェに来ていた。

「で、お前は何者だ?名前は?」

「俺は、青木あおきそら。陽奈の高校時代の元カレだ」

 それで俺は思い出した。俺が中学の頃に陽姉の学校へ行った時、陽姉の隣を歩いて下校していたあのイケメン男子高校生だった。今は顔に渋みと陰鬱さが増していて気づかなかった。

「悪気はないって言ってたけど、ずっとストーカーしてたよな?何が目的だ」

「俺はただ、陽奈を諦めきれなくてだから、時を見計らって、この権利を行使しようとしていただけなんだ」


「それ、恋敵狩り権か。それを使って、俺から陽姉を奪える思ってるのか?お前はもう過去の人間だ。フラれたんだろ?」

「そうだけど、でも諦めきれねぇんだよ!!」


 こいつは、俺と同じだと思った。

 こいつも、陽姉に狂わされている。


「分かった。じゃあこうしよう。俺が何とか話をつける。陽姉と話す機会を定期的に設けてやるよ。もちろん。友人としてな」

「友人だと?俺は、陽奈と恋人の関係になりたいんだ」

「言っておくけど、陽姉は絶対に100%、お前を振ると思う。だからこの提案はお前にとって最善だと思うけど?それとも、振られない自身でも?」

「ぐっ、わかった。それで取引してやる」

「じゃあ、俺にその恋敵狩り権を寄越してくれ。いつ、お前が裏切るか分からないからな」


「あぁ、分かった─────......」


 青木はそう言って恋敵狩り権の証明書を握った拳を近づけた瞬間、カフェの席を立ち、逃げた。


「やっぱり、無理だ!!!!」

「おいこら、待て!!!!」


 俺は、レジに札を乱暴に置いて、勘定を済ませてから店を出た。


 そして青木を全速力で追いかけて、ショッピングモールを出たところで捕まえた。


「はぁはぁ……何とか捕まえた」

「クソ、、離せ!!」

 俺は青木の言葉を無視して羽交い締めの体勢から倒れ込み、奴を押さえつけた後、膝で腹を思い切り蹴り、動けなくした。


「ぐうっ……」

「痛い思いをしたくなければ、もう二度と俺を裏切るな。そして、陽姉を諦めろ」

「……」

「返事しろ」

 そう言って俺は何度も奴を蹴った。殴った。頷くまで。硬く握られた恋敵狩り権を離すまで。

「これは、お前には必要ない」

 恋敵狩り権を青木から奪い取り、粉々に破り捨てた。

 青木は、完全に参り、降参の姿勢を示していた。


 それでいい。だけど、俺は別に約束を守るとは言ってない。もちろん、こんな奴に陽姉を合わせるつもりは無い。


 そう思っていたのだが。


「光、何してるの?」


 何故か陽姉はここに居て。スマホをしまいながら、そう言った。

 この一部始終をどうやら見ていたらしかった。

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