第6話 ムチムチと、ギルド

「ま、入りな」


「うん、お邪魔します」


 あの後、落ち着いたところで話したいと言われたので結局俺の家に連れてきた。


 柊は今じゃ有名人だからな。飲み屋とかに行くとジロジロ見られて落ち着かないらしい。


 まぁ、最近はダンジョンで女になった配信のアーカイブがバズってたり、単純に身体がセクシーすぎて俺も視線を集めるのだが。


「んで、なんか用があるんだろ」


「昔は用事がなくても遊んだじゃないか」


「昔は昔だよ。結構別れ方も悪かったし、気まずい感じになると思ってたんだが」


「ま、そうだね。僕ももっと気まずい感じになるかと思ってたよ」


 リビングのテーブルで枝豆を摘みながら酒を飲んで駄弁る。


 久しぶりの再会だというのに、一緒に探索してた頃と同じことをしていて、あの頃に戻っているかのように感じた。


「誰かさんが女になったと聞いて配信を見たら、君がいたんだ」


 柊はまるで少年のような笑みを浮かべる。溢れ出した感情そのままの、表情。


「一目見て分かったよ。あの六腕のミノタウロスと戦っているアキは、昔の熱を取り戻していた」


「長い間、腐ってて悪かったな」


「本当だよ。君が追いかけてこないから、僕を引きずり回さないから、僕はまた独りに戻ってしまった」


 あぁ、やめろよその表情かおは。

 昔から嫌いなんだよ、それ。


「随分と待たせたけど、もうちょっと待ってろ。こんな身体になっちまったけど、この身体になってから、調子がいいんだよ」


 だから、すぐに追いついて、追い抜いてやる。


「ふふっ、それ、絶対適当に言ってるよね?」


「あぁ、なんとなくだ。俺の勘はよく当たるぜ」


「本当に大事な時だけ、ね」


「今がそうだろ」


 柊が笑う。大爆笑だ。良いことを言って満足していたのが顔に出ていたらしい。

 100点のドヤ顔だったよと言われた。


「お前だって、さっきから胸チラチラ見過ぎなんだよ。まだガン見される方がマシなレベルだぞ? このむっつりめ」


 スルーするつもりだったが、ムカついたので意趣返しに言ってやった。


 先程までの様子が嘘のように固まり、顔が朱色に染まる。


 なんだその思春期みたいな反応。もう俺たちアラフィフだぞ。ピュアかよ。


 これは、違くて……だとかボソボソと言い訳してる。絶対まだ童貞だろ、こいつ。


「それで、本題は?」


「えぇ唐突すぎるでしょ。久しぶりの再会なんだしもうちょっとゆっくりさぁ」


「さっきから気になってるんだわ。早く吐けよ、柊」


「まぁ、いいか。単刀直入に言うよ」


 酒を一口。柊の雰囲気がガラリと変わる。


「アキ……いや、黒沢明くろさわあきら。君には僕のクラン、“リコネクション”に是非とも入って貰いたい」




 ***




「それじゃ、1ヶ月後を楽しみにしておいてね」


「おう」


 詳しく聞いてみると、俺は今とんでもないポテンシャルを秘めている、有望な人材として見られているらしい。


 他のトップクランも俺の勧誘をしようと躍起になっているらしく、どこかに落ち着けないと面倒なことになるかもしれないとのこと。


 あとは自分を追い越したいなら、日本一の自分のケツを追っかけるのが一番の近道だと言われた。


 そんなことを言われたら俺もいろいろと思うところはあるので、了承。


 ソロにこだわらず、あいつのクランの持ってるノウハウとかを吸収していこうと決めた。


 それでも、まだまだ最前線で戦うには実力が足りないと言われ、俺と実力が並んでいるくらいの奴をよこすと言ってきた。


 しばらくバディで行動するようにとのことだ。


 引き継ぎのこととかもあるから1ヶ月後になるようだが。


 さて、今日は色々あったし明日は家でまったりしよう。風呂入って寝るか。


 そういや、あいつアラフィフのくせに容姿が完全に二十代で通る……っていうか二十代そのものって感じだったな。


 上位の探索者の特に上澄みの奴らは若々しいって話はよく聞くが比喩じゃねぇのか。


 俺みたいに丸ごと変身したわけじゃないのに……一体どんなからくりなのか。


 ま、いいか。寝よう。風呂から上がった俺は意識して全身の力を抜いて、速攻で夢の世界に没入した。




 ***




あきらさんって言うんですね! 昨日はありがとうございました!」


「ああ、どういたしまして」


 翌日、俺はカレンという少女――芦沢あしざわ花蓮かれんというらしい――と再会していた。


 配信用のアカウントの方に彼女のパーティのアカウントからDMが来たのだ。


 あの後特に後遺症もなく退院したようで、今朝に今日お礼をしたいから会えないかとDMを送ってくれた。


「それで、お礼っていうのはなんなんだ?」


「それはですね……明さんのコーディネートを手伝って差し上げようと思いまして!」


「俺の、コーディネート?」


 思いもよらぬところから攻められて、思わず首を傾げる。


 そんな様子を見たのか、彼女はスマホを取り出して俺にその画面を見せてきた。


 スクリーンショットだ。



 ・ムチ姐が俺の家の近辺によく現れるんだけど、いつも私服がシンプルなデザインのやつしかなくて寂しい


 ・でもエロいんでしょ


 ・もち。男だったからかジーンズとかばっかだけど下半身のラインがぴっちり出ててたまらん


 ・下半身派の者だったか!同志よ!


 ・胸は確かにヤバいけどあの下半身を見ないのはもったいないよな



「……なんだこれ」


「『ムチ姐を応援するスレpart12』です。目が覚めた後、明さんのことを調べたら出てきました」


「いや、あの」


「アーカイブとか見てても明さんの好きなものとかが分からなくて、このスレにたどり着いたんです」


「これ……」


「女の子初心者だからファッションとか分からないんだって思いまして!」


「あーもう! そうじゃなくてな」


「はい? なんでしょう?」


 俺は差し出されたママのスマホの画面を指差し、告げる。


「このムチ姐ってなんだよ!」


 至極真っ当な疑問であった。




 ***




 まず、ムチ姐とは俺の呼称らしい。『ムチムチな姐さん』を略してムチ姐と呼ばれるようになったのだとか。


 俺はあの六腕ミノタウロスと戦った時以降、一度も配信していないのだが、カレンが言うには『属性が過多』なようでネット民の間で話題になっているようだ。


 あの配信から二週間以上経過しているから沈静化していくかと思いきや、いつの間にか専用のスレまで作られて目撃情報が上がっている始末。


 その上昨日のイレギュラーとの戦いもちょっとだけだが配信されていたらしい。

 カレンのパーティの配信ドローンが捉えていたみたいだ。


 配信ドローンが捉えようとするのはあくまで登録された人物のみなので、戦闘の中でカレンのそばから離れると画面外に出てしまうからほんのちょっとだけだが。


 でも戦闘の音だとか、最後に俺がカレンのところに再び戻ってきたことは分かっており、加えて堺ダンジョンでイレギュラーが発生し、鎮圧されたという情報が回ったようで、再び俺はバズの最中であるようだ。


 昨日はネットを見ている暇などなかったのでどうにも気づかなかった。あとムチ姐なんていうひどい呼称もエゴサーチをしないので気づかなかった。


 あの後『ムチ姐を応援するスレ』とやらを全部見せてもらったが、俺の応援じゃなくて俺の胸に尻、太もも、脇が云々と碌な話はされていなかった。


 やれナース服を着せたいだとか、スク水を着せたいだとか。


 スレ内にはそいつ元男だよ、というツッコミも上がっていたがスレ民たちは『元男』という要素も刺さってしまうらしい。怖い。


 その後TS談義?とやらで随分と盛り上がっていたが俺には未知の世界過ぎた。


 TS百合がどうとか、精神的BLがどうとか、いろんな派閥が存在するようで、どこぞのお菓子の論争のように熱く語られていた。


 こいつらは俺に何を求めているんだ。


 まぁ理由はどうであれ、俺はいまだに話題の人のようだ。


 確かにある程度知名度がある状態で、プライベートを見られてると思うと、ウニクロの安い服だけとかは恥ずかしいかもしれない。


 でも俺は換装のあのドレスを着ている方がよっぽど恥ずかしいのだ。


 いまさら安物の服を着て外出しているところを見られようが恥など欠片も感じない。


 その旨を伝えるとカレンは開き直ってこう言った。


「私がいろいろと着せたいんです! 気に入ったものがあればもちろん私が全額負担しますし!」


 聞くところによると、カレンの好きなアニメ作品の中に、ある日おっさんが魔法少女になり、華麗に戦うといった内容のものがあるらしい。


 そのおっさんと今の俺の状況が似通っていて、女の子になったおっさんをコーディネートしたいと思ったようだ。


 ちょっと趣味が悪いんじゃないかという言葉をなんとか飲み込んだ。


 でもカレンみたいな若々しいオーラマシマシの少女に、目をキラキラとさせて熱くお願いされると俺も思わず了承してしまった。


 ということで、俺は今ちょっとお高めのファッションブランドに連れてこられている。


 今の俺には少女趣味的な格好は似合わないらしく、上品な大人感のある服合わせに来たようだ。


 まぁ身長高いし、顔立ちもキリっとした感じで少女感はゼロだもんな。なによりムチムチだし。


 そんなこんなで何着か気に入ったのを買ってもらったが、どんなデザインであれスカート系統は遠慮させていただいた。


 パンツスタイルの方が足を開いていても大丈夫だし、精神的にも楽なんだよな。


 ちなみにこの後涼しそう、という理由でホットパンツを買おうとしたのだが、カレンに止められてしまった。


 試着した上で買ってもいいと思ったなら構わないとのことで試着してみると、もうなんか立ってるだけでわいせつ罪に問われると思ってやめた。


 普通のパンツでも我ながらすごい感じにはなるが、足と太ももがむき出しなだけでこんなに違うのかと驚かされた。


 まぁ普段着ているあのドレスもエッグいスリットが入っているから今更感はあるが、プライベート用の服なので話は別である。


 その後も女性客ばかりのスイーツ店だとか香水の店だとか、ガチムチ時代には入ることもなかったところを回って楽しんだ。


 中身がおっさんの俺に楽しめるか不安なものだったが十分満足できた。


 塩っ辛いものと酒だけじゃなくて、甘いものを食べるのもたまにはありかもしれない。


 今日をきっかけにカレンと俺は友達になり、今後よく一緒に出掛ける仲になるのだがそれはまた別の話だ。




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 ひとまず一章はこれで終わりです。二章の流れ自体は決まっているので、細かいところを詰めてエピソードが完成次第投稿する感じになります。

 掲示板回はいつになるかわかりませんが、ムチ姐について掲示板でこんな書き込みがしたい!というのがあれば、近況ノートの「ムチ姐を応援するスレ」にお送りください。採用するかもしれません。


 最後に、ムチムチのフォローが350を、☆レビューが150を突破しました!

 皆さんからのフォローやレビュー、♡での応援や応援コメントの通知が来るたびに、勇気を出して作品を投稿してよかった、という気持ちになります。

 まだまだ初心者な作者ですが、完結までお付き合いのほどをよろしくお願いいたします!










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ガチムチ系配信者、ムチムチ系配信者になってしまう 望月しらす @aiyoaiyo

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