第5話  ムチムチと、因縁

 ……危なかったな。何度かモンスターの波を始末してたどり着いたところには、魔法使いと思われる小柄な少女がいて、今にも波に呑まれて死んでしまいそうな状況だった。


 ぎりぎりで助けた少女は今意識を失ってぐったりとしている。先に原因となっているはずのイレギュラーを倒してしまいたいがこの子を地上に持っていくのが最優先か。


 少女の戦っていたこの場所には無数のモンスターの素材が転がっており、その先に続く道にも散乱している。


 何度も魔法を使いながら逃げたのだろう。よく頑張ったと言ってやりたい。


 とりあえず少女をお姫様抱っこして、周囲の安全を確認する。気配も感じないし、今なら地上まで戻れそうだ。


 では……と地上へ走ろうとして足を止める。咆哮が聞こえた。何個か地下の階層からだ。とてつもない勢いで上ってきているだろうから逃げ切ることはできるだろうが、逃げ切ったころには地上付近で戦うことになりそう……っていうかそうなる。


 上ががら空きの今それは看過できない問題で、なら俺は今ここで相対するしかない。


 ほとんどの場合、イレギュラーモンスターはそのダンジョンのモンスターの基準を遥かに上回る強さを保有していて、よほどの探索者じゃなければ基本的に逃走推奨なのだが……俺はそのよほどの探索者を目指しているんだ。ちょうどいいだろ、イレギュラーぐらい。


 しかし戦闘となるとこの腕の中の少女はどうしても邪魔になる……ということで――


「フンッッッ!!!」


 ――少女には悪いが壁に穴を空けてそこにぶち込ませてもらう。ダンジョンは自己修復機能を持っているが、壊れた箇所は丸一日くらいはそのままだってどこぞの研究者が言ってたし大丈夫だろ、多分。


 さぁそろそろご対面だ。道中で始末した奴らと今始末した奴らでちょうど感覚もつかめた。魔物の波を一網打尽にした、棍棒を振った際の衝撃波に打撃属性を付与する魔法は前の俺ガチムチにはできなかったことだ。


 頭が以前より冴えているからか、イメージが重要な魔法も得意になった気がする。まぁ直接雷を出すとかは変わらず無理そうだけどな。けど俺のイメージしやすいムキムキな感じの魔法は前よりガチガチになったと思うので良しとしよう。


 ……来たな。


『ブモゥォォオオゥオオオオ!!!』


 3メートルほどの身長に牛の頭。一対の剛腕は数々の探索者を屠ってきたことで有名だ。ただ俺の知っているものと違うのはその肌の色。大けがをした時のような赤黒い血の色をしていて、見る者に威圧感を放っている。


 堺ダンジョン本来のボス、ミノタウロス。しかし本来は茶色いはずの肌の色は血色に染まり、その雰囲気も通常とかけ離れている。


 そしてその潰れてしまいそうなほどの気迫を俺は知っているような気がした。


 まぁしかし、やることは一つだけ。こいつを倒せば万事解決だ。


 片やムキムキの血色ミノタウロス。

 片やムチムチの色気マシマシ探索者。


 さぁ真剣勝負といこうか。




 ***




 ミノタウロスは本来武器を持ったスタイルだ。でっかい斧を振り回して攻撃してくるヤバい奴で、人間よりも優れた体格にその巨体に見合わぬ瞬発力を持っている。そこから繰り出される斧の一撃は数々の探索者をミンチにしてきた。


 その様から探索者からは『ブッチャー』なんて呼び方をされたりもする。牛頭が肉屋の名を冠するところにくだらなさを感じるが、実際に被害多数のヤバいモンスターだから笑えない。


 けれどこいつは武器をもっていない。どこかで斧をなくしたのではなくその肉体のみで戦うガチガチファイターと見受けられる。あの六腕ミノタウロスと同じぶん殴りスタイルだ。図体がデカくて当てやすい的ではあるが、並みの攻撃じゃ怯むことすらなく反撃してくることだろう。


 対する俺も結局物理で、奴とは剛腕で殴るか棍棒で殴るかの違いしかない。よほどの必殺技がない限りは両者がひたすらに打ち合う持久戦になることは予想される。


 結局はどっちもフィジカルでやりあうことしかできないってことだ。なんだ簡単だな。難しいことは頭から放っておいてとりあえずやることをやろう。本来俺はそんな性格だし、なんやかんやでうまくやれてきた。


 まぁ……とにかく殴り合おうや。


 両者が出方を伺う膠着状態。それは俺によって今、解かれた。


 馴染みの棍棒を片手に、身体強化魔法を発動。


 以前とは比べ物にならないほどの圧倒的な瞬発力で殴りかかる。


 ゴツンと殴った感触がした瞬間、なにも考えずバックステップ。


 俺の攻撃は片腕で防がれ、奴はそのままもう片方の腕で殴りかかってきていた。


 こちらの出方を伺ったり、今のように攻撃を防いだうえでのカウンター。理性を感じる戦い方だ。


 なら、と顔面に打撃属性を付与した衝撃波を飛ばして腕で防がせ、姿勢を低くして足を狙いにいく。


 一瞬前が見えなくなった奴は慌てて腕を振ったが俺には当たらない。


 股下まで潜り込んで膝裏に一発叩き込んでやった。


 姿勢を崩しながらも、素早く後ろに右腕を伸ばしてきたので落ち着いて回避。


 続いてがら空きになった左のわき腹にフルスイングを決めた。


 怯んだな。


 透かさず連撃を叩き込む。


 奴もただではやられまいと両腕をブンブンと振り回して対抗してきた。


 が、六腕ミノタウロスと違って腕が二つしかないので避けやすい。


 何度かの攻撃で片足を崩したので迫る腕をひらりと躱す。


 できた隙をついて狙いやすくなった顔面を壊しに向かう。


 そうして顔面に一撃が入る……というところで俺は側方からの攻撃にぶち飛ばされた。


 以前を遥かに上回る身体強化魔法のおかげで大したダメージにはなっていない。


 しかし両腕への対処が完璧だったのに被弾したことに驚いた。


 目を凝らしてみれば半透明の二対の腕が追加で生えていて合計で六腕になっている。


 あの腕にやられたんだろう。


 まさかとは思うが……奴は以前戦った六腕ミノタウロスなのか?


 魔法はイメージが重要だ。理性を感じる戦い方をしているが、ダンジョンという狭い世界に生きてきたモンスターが、いったいどんな経験を積んだら腕を生やすなんて魔法にたどり着くのだろうか。


 それに、こいつは最初から六腕ミノタウロスと同じ拳のみのスタイルだった。


 あの半透明の腕は、以前の腕をイメージして魔法で生み出したんだとしたら、一応納得はいく。


 こいつは……あの六腕ミノタウロスだ。理屈は分からない。しかしこの摩訶不思議なダンジョンにはまともな理屈は通用しない。


 腕が二つから六つに。これで先ほどよりも奴の手数は増えて危険度マシマシだ。


 それに加えて前よりも大幅に強化されている俺の攻撃をしっかりと耐えきっていることから、タフさもかなり上がっているのが分かる。


 あの六腕の範囲に入ってしまうと避けきれずに被弾は確実だろうが……俺の本命はインファイトでの物理攻撃だ。さっき牽制で放った際にわかったが、衝撃波は打撃属性込みでもろくなダメージになっていない。


 だから結局は被弾覚悟で殴りにいくという結論になる。


 前に勝った際も身体強化を限界を超えて行使して、お互いほぼフルヒットのラッシュで先に奴が倒れたという結末だった。


 だからではないが、今回も作戦は限界以上に強化して無理やり殴り合う、といったものだ。今決めた。それしか思いつかないから仕方がない。


 そうだな、作戦名はガチガチ殴り合い作戦でいこうか。


 第二ラウンド、いやこれが最後になるだろうな。ファイナルラウンドだ。


 間抜けな牛面うしづらを殴り飛ばしてさっさと帰ってしまおう。


 身体強化魔法を限界まで強め、全身から溢れんばかりの力を漲らせる。


 今の俺は奴の剛腕のラッシュを大量にくらっても耐えられそうなほど強化されているだろう。


 俺から溢れるエネルギーを感知したのだろうか、奴も身体強化を強めた。


 お互いに、全力。


 両者とも消耗が早くなる。


 ここからは短期決戦だ。




 ***




 全力で一歩踏み出す。


 一歩、それだけで奴の懐だ。


 勢いのままフルスイング。


 耐えられた。


 反撃を躱……せない!


 強化倍率を限界突破させる。


 剛腕をもろに受けながら殴りに行く。


 ダメだ。手数が足りない。


 攻撃を受ける瞬間に身体を宙に浮かせる。


 そのまま吹き飛んで距離をとった。


 が、逃がしてはくれない。


 すぐに地を蹴って追撃を仕掛けにくる。


 棍棒を投げて……弾かれた。


 だが、これでいい。両腕使って殴れば手数も二倍だ。


 それに戦っている最中に気がついた。棍棒に威力を乗せきれていない。


 女になってからの俺の身体は身体強化のノリが良すぎる。


 強化魔法の通りがよくなるように工夫が施された棍棒よりも俺の身体の方が効率で上回っている気がする。


 普通、人間はどれだけ突き詰めても身体強化魔法で3割ほどは魔力を無駄に逃がしてしまうと聞く。


 以前の俺だと半分かそれ以下くらいは無駄にしていたんじゃないかな。


 魔力効率が悪いんだ。


 だから、通常は元の性能に加えて、魔力効率を外付けで上げまくれる武器の方が強化の効率がいい。


 しかし、今の俺は武器を遥かに上回っていると思う。


 エネルギーを全部使えていると感じるほどだ。


 だから、多分直で殴った方が強い。



 地面に足がついた。


 奴が迫る。


 振り出された剛腕に向けて俺も拳を放った。


 瞬間、奴が仰け反る。


 相殺しきれなかった威力が腕を伝って肩を壊した。


 やっぱり、直殴りで良かったようだ。


 奴が見せた隙を俺は逃さない。


 顔面に一撃。


 次の瞬間、奴は宝箱に変わっていた。


 なんだか、終わりは呆気なかった。




 ***




 宝箱を開けると、黒いアームカバーが入っていた。つけてみると、フィンガーレスになっていて、肘くらいまでを覆っている。ドレスと合わせると二の腕が強調されているような感じになった。色気が増した気がする。


 しかも案の上これも換装で、性能がいいだろうことは予想できる。


 籠手代わりになるのだろうか、迫る攻撃を直で弾くよりはこの黒のアームカバーがあった方がいいだろう。


 まるで拳で戦うスタイルに目覚めた俺に、「必要だろう?」と言っているような報酬だ。


 しかもデザインもドレスに合わせたもののようになっている。


 ネットでたまに見る、上位者的な存在がいる説を推してしまいそうだ。


 あ、そういや少女は無事なのだろうか。


 戦闘の余波で辺りはボロボロだし、巻き込まれていないかが心配だ。


 吹っ飛ばされてかなり後退していたので少女をぶち込んだ壁辺りまで来た。


 壁の奥に手を突っ込んで少女を引きずり出した。


 寝ている。しかもぐっすり。


 あんなバカスカ殴り合っていたのにこうも熟睡されるとなんだが気が抜けてしまうな。


 今回のダンジョンパニックの原因はさっきの六腕の転生体?みたいだから一応解決のはずだし、そろそろ帰るかな。


 少女を抱えて、すっかりモンスターのいないダンジョン内を駆け抜ける。


 罠が仕掛けられていたり、迎撃のために集められていた探索者がいたが、イレギュラーを倒したことを伝えると安心したようだ。


 そうして地上に出て、職員に解決した旨を伝えた後、少女のパーティメンバーが話しかけてきた。


 まぁ要約すると少女――カレンというらしい――を助けてくれてありがとうって内容だ。


 その後、救急車を呼んで少女を病院まで運ぶ手筈を整えていると、にわかに入口の方が騒がしくなった。


 騒いでいるのは、ダンジョンパニックの迎撃のために集められていた探索者だろう。


 では騒ぎの中心は――と目を向けて、固まる。


 そこにいたのは――


「やぁ元気にしていたかい? アキ」


 ――俺の親友、または日本一の探索者。天門柊あまかどしゅうだった。





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 今回はバトル描写にとっても苦戦しました。ほかの作品やエッセイなどを見て疾走感を意識してみた感じです。

 拙い描写だったかもしれませんがよく頑張った!と思っていただけましたら♡で応援してやってください。

 近いうちに掲示板回を挟もうとしていたのですが、今回バトル描写の勉強にも時間がかなりかかったので、もう少し後回しにするかもしれません。掲示板回がある作品を見て勉強しておきます。













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