第4話 駆けつけたのは、ムチムチ

「た、大変だ!」


 斥候のシアンが大慌てで前方から戻ってくる。道中でやけにモンスターに襲われたので、何か異変が起きていないかを確認するために偵察に出ていたのだ。その表情は恐怖で埋め尽くされていて、見ているこっちも怖くなった。


だ! 逃げるぞ! もうすぐそこまで来てる!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は即座に配信のコメント機能をOFFにした。


 ダンジョンパニック。それは主にイレギュラーモンスターの存在が原因とする、モンスターたちが集団で地上を目指す現象の総称だ。どのモンスターも目の前が見えていないかのように狂気に堕ちてただただ出入り口を目指すさまから名付けられたと習った気がする。


 明らかに正気ではないからか無茶苦茶な動きをするので、普段よりも動きが単純になり、倒すのは容易だと聞いた。しかし数が問題で、まともに相手しようとするとモンスターの波に呑まれてお陀仏。とっても運がいい場合でも大けがは確実らしい。


 そんなダンジョンパニックの対処は距離をとって攻撃すること。近接戦闘を主にしている探索者は基本的に戦力にならない。だからといって弓などを使うと、まだないよりマシぐらいにはなるが相手の数に撃破が追い付かない。


 そうなってくると早急に倒さないと地上にモンスターが出てきてしまう都合上、求められるのは範囲攻撃。そこで使の出番がやってくる。


 魔法とは魔力を利用し、なにかしらの現象を起こすことを指すが、この魔法使いは少し意味合いが限定的で、一部の魔法を使える者の呼び名だ。


 現状、最も簡単だとされる魔法は身体強化で、普段から意識して運動している人は特に覚えやすい。他にも、体の一部を硬化させたり、手刀に斬撃を付与するといった魔法でもベテランの探索者は使えることが多い。このことから判明しているのは自身の身体に働きかけるような魔法は覚えやすいということだ。


 一方で、雷を落としたり、炎の波で燃やし尽くしたり、水の刃で切り裂いたりと直接魔物を攻撃するような現象を起こすタイプの魔法があり、これは才能があるかないかが重要になる。


 このタイプの魔法には豊かな想像力が求められ、ただ想像するだけで強固なイメージがないとなにも起こらなかったり、発動しても消えてしまったりする。魔法使いと呼ばれるのはこのタイプの魔法を使える人のことで……私も魔法使いだ。


 大抵の魔法使いは範囲攻撃を使えて、私も使える。しかし――


「なにしてんだカレン! 逃げるぞ……ってほらもう見えてきたじゃねえか! 走れ!」


「……ごめん、無理そう」


 ――私は足が遅いのだ。そもそも、運動が得意な奴は簡単で実戦向きな身体強化をほぼ確実に選ぶ。魔法使いの魔法は目の前にモンスターが迫って焦ったり、パニックを起こしたりすると、イメージが固められずに失敗する可能性があるからだ。


 内的なもので解決する身体強化系の魔法とは違って、行使する際に敵や環境のことも踏まえてイメージしなければならない魔法使いは需要はあってもなれる人が少ない。


 それでも、私は私の理想を求めて魔法使いになった。ならこの絶望的な場面でも、最期まで魔法使いとして戦い抜こう。


 恐れている暇なんてない。理想イメージを固め、魔法を放ち続けるまでだ。


「私の足じゃ逃げきれない! 迎撃しとくからさっさと逃げて迎撃の準備をするように伝えなさい!!」


 ――独りきりの戦いの、幕が上がった。




 ***




 ミノタウロス戦で傷んだこん棒の整備も終わり、急な変化に驚いた心のざわつきもようやく落ち着いた。あれからもう二週間か。


 この身体になってからのコンディションはばっちりで、精神の方もすっかり回復した今はさっさとダンジョンで力試しをしたい気分である。


 ということでもうお馴染みの堺ダンジョンにやってきた。全三十階層の下に降りていくタイプのダンジョンであるここは、最奥にミノタウロスが待ち構えるBランクダンジョンだ。


 まぁこの前に十五階層で見つけた未探索区域で戦った六腕ミノタウロスの方が明らかに三十階層のミノタウロスよりも強いと思うが。


 最高難易度ダンジョンの次に難しいBランクダンジョンなので油断は禁物なこのダンジョンだが、正直もうこのダンジョンで負ける気はしない。今は前ほどの安全マージンを取る必要はないだろう。


 それでも、以前より格段と鋭敏になった感覚をさらに研ぎ澄ませながら油断なく歩いていく。


 十人中十人が振り向くムチムチダイナマイトボディを誇る俺だが、ドレスのおかげか胸が揺れて痛いだとか、尻が揺れて邪魔なんて事態にはなっていない。そのドエロいデザインに目を瞑れば最高の装備だと言えるだろう。


 一度換装を手に入れた探索者はもうほかの装備で探索できないかもしれない。


 そんなことを考えながら順調に探索を進めていると、下の階層からだろうか、数人分の足音が聞こえてきた。


 たぶん同業者だなとそのまま足を進めていくと、案の上数人の探索者が現れ――


 ――その表情から異変を感じ取った。


「おい! あんたも逃げろ! ダンジョンパニックだ!」


 斥候らしい恰好をした男にそう言われ、これはヤバいなと思う。


 ここ二週間で未探索区域の調査は終わり、今の堺ダンジョンは人が少ないがら空き状態だ。調査に参加したここの常駐パーティは休暇か何か知らないが見かけなかった。


 魔法使いによる迎撃やそれ以外の人材を使った罠を設置する時間も確実にない。このままではモンスターが地上に出てきてしまうだろう。


 ……やるか。このままいくとここら辺の地域はずたぼろ確定だ。休み明けの万能感に任せて、この事態を解決してやろう。


「あっ、おい!」


 すぐに決心をした俺は返事をする間も惜しいと全速力でダンジョンを駆けていくのであった。




 ***




 視界は朦朧として、体力も限界。私は範囲攻撃魔法で迫りくる魔物の波を倒しては逃げてを繰り返した。普段走ることがないから逃げることでスタミナをすぐに削られ、度重なる魔法行使で精神的な疲労も溜まっている。


 途中からモンスターが私を狙っているわけではないことを利用して波の真ん中だけを殲滅して、あとは地上の方にいってもらっていたが、そうやって温存していてももうこれ以上は頑張れない。


 次にモンスターの波が迫ってきた時が私の最期になるだろう。


 幼い頃に見た魔法少女のアニメ。あんな存在になりたくて人口の少ない魔法使いになった。


 ダンジョンが出現するまでは非日常だったらしい魔法は確かに存在していて、だったら私も強くて、かわいくて、かっこいい魔法少女になろうと思って今までやってきた。


 いつだって諦めずに立ち向かう、そんな心意気に憧れた。


 ――でも、現実は非情だ。こんなボロボロになっている私に追い打ちをかけるように、下から大量のモンスターが迫ってくる音が聞こえる。


 もう、無理だ。心に余裕を持てない。憧れた魔法少女のように立ち向かう気力が湧いてこない。……強固なイメージが、崩れ去る音がした。


 そうこうしているうちに私の視界にモンスターの波が入ってくる。恐怖が湧いてくる余裕すらもないのか、無感動に「私は死ぬのだな」と他人事のように思い、私は迫りくるモンスターたちを眺めて――


 ムチッ♡ムチッ♡


 ――いたはずがとてつもなくムチムチとした女性の身体を眺めていた。


 凄まじい肉感を誇るその尻にエッグいくらい細い腰。一瞬、先ほどまでの疲れが吹き飛んでしまうくらいのムチムチボディだった。


 そしてムチムチに意識がいっていたが、いつの間にかモンスターの波がすっかり消えていることに気づいたその瞬間、遅れて爆音が鳴り響く。


 雷の魔法かなにかを使ったのだろうか、音を置き去りにしたと推定される攻撃の余波で私の鼓膜は破れ、こちらに振り向いた女性のすんごいお山を最後に、私は意識を放り投げた。


 ……この時は私もすっかり忘れていたが、ドローンは一連の流れを捉え続けていた。




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 10日ほど空いてしまいましたが生きています!

 長期休暇が開けて執筆に割ける時間が減っていますが、合間合間に書いてます!

 あと、たくさんの応援やフォロー、☆レビューしっかり届いております!完結までの道は遠いですが最後まで付き合ってもらえると嬉しいです!

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