第3話 ムチムチの休息

病院での精密検査は恙無く終わり、結果は健康な女性そのものと伝えられて安心すると共に漠然と本当に女になってしまったのだなぁとなんとも言えない感情を抱いた。


身長はガチムチ時代と一緒の178センチで、男性としてはまぁそこら辺にいるくらいの身長だが女性としてはかなり高い部類のものになった。

加えて俺は腰がかなり高い位置にありスタイルは見ての通りということで看護師さんから耳が千切れそうなくらい羨ましいと言われた。


まぁ俺は至極の相棒マッスルを失ったからな。スタイルが良いくらいは許して欲しいものだ。


看護師さん達には女の子初心者の俺に生理の時の対処の方法や女性として生きる上でのマナー。髪や肌の手入れのやり方などを教えてもらって、分からないことがあったら聞けるようにと連絡先を交換してもらった。


せっかく女性と連絡先を交換できたのはいいがその理由がアレなのか、女になってしまったからなのか、はたまた長年女性と縁がなかったからなのかは分からないが「やったぜ」みたいな感想は抱かなかった。


ともあれとりあえず身体に異常はなかったようなのでひとまず良しとしよう。いや、色々とよくない点はあるのだがそこを気にしだすともう止まらないからな。


さて、我が家に到着だ。堺ダンジョンの最寄り駅から6駅、そこから徒歩10分くらいのマンションである。

10階ある中での4階という微妙な場所だが、だからといって何も問題はないので良しだ。


シンプルな1LDKでリビングには筋トレグッズがいっぱい。いつもの光景だが男臭さとでも言えばいいだろうか?そんな匂いがしているので芳香剤が何かでも買った方がいいかもしれない。


これは女性の身体にならないと気付かなかったかもな。実は周りに臭いと思われてたなんてことだったら凹みそうだからやめて欲しい。メンタルはガチムチじゃないからな。


さ、帰ってきたらやっぱりお風呂だ。身体は変われどルーティンまでは変えたくない。


帰りも随分と俺を目立たせてくれたロングドレスをし、すっぽんぽん状態に。


いつの間にか着ていた漆黒のロングドレスはいわゆる換装という魔法装備に分類されるらしく、上位の探索者の一部の人たちも持っているようだ。


検査のために着替えようとした際に脱げないことに気づいて、なんとか試行錯誤している最中に病院の先生から教えてもらった。探索者の知り合いが持っているらしく、もしかしてと思ったみたいだ。


任意で解除できるし、着たい時には換装したいと念じればいいらしい。換装を解除すると換装前の格好に戻るのようなのだが、病院で解除した時には俺の元の装備は出てこなかった。マジでどこにいったんだ。


帰りに検査でわかったデータを元に下着や服、パジャマをウニクロで買ったから着替えについて悩む必要はない。やっぱりウニクロは低価格で高いクオリティを出してくれるから最高だ。


まぁしかしウニクロの女性の方のコーナーに行くことになるなんて今朝の俺には想像もつかないだろうな。


元が男ってこともあるが、その時の俺は高そうなドレスを着たムチムチだったからウニクロの雰囲気と乖離しすぎてとにかく気まずかった。


着替えを置いてお風呂に入ると鏡にムチムチの女が居た。ほんとに我ながらどエロい身体になってしまったものだ。


……自分の身体だからかエロいなーくらいしか感じないが、今日は変化が起こりすぎてストレスが凄まじいからな。よし。


……


…………


………………


結局この日はお風呂から上がった後は晩ご飯も食べずに倒れるように眠った。


原因はお風呂でことだと思うが……まぁしょうがないだろう。


ストレス発散の方法はガチムチ時代からしっかりと受け継がれているようである。




***




翌日はかなりすっきりとした目覚めだった。この身体での戦闘になれるためにダンジョンに行こうかと考えたが、精神的な部分の疲れがまだ残っている感じがするからしっかり休んでからにしようと思う。


これからは多少無茶な行動もしていくとあの六腕ミノタウロス戦で誓ったが、無茶をするにも万全な状態で無茶をしたい。……これも長年の安定、安全志向が残っているからなのだろうか。いや、これでいいはずだ。何事もメリハリが重要だからな。


なんとなく気分転換に外を適当にぶらつこうと用意をして外に出ると、辺り一面の薄暗い曇り空が広がっていた。気分転換できないじゃないか。


まぁ、仕方がないから近所のコンビニだけよってすぐに帰ろう。適当に何かを買うと多少すっきりする気もするしな。


コンビニに着いて適当にビールとつまみを購入。いつも鮭とばとかを買おうとしたところで躊躇して結局やっすいあたりめを買ってしまうのはなぜなのだろうか。


そうしてコンビニから出たところで朝ごはんがまだだったことに気がついた。ホットスナックでも買って帰ろうとかと引き返そうとしたが一度何かを買った後に戻るのは気まずい。けれど今日は朝を作る気分ではないし、今は家にすぐに食べれるものもないのでやっぱり買いたいと葛藤が起こる。


うんうんと悩んでいるところで雲がその色をさっきよりもさらに濃くしていることに気がついたので、やはりさっさと買ってしまおうと再度入店。四個入りで二百円に達しないお得なパンとチキンのホットスナックを買った。


店から出る直前に店員さんが「やっぱりムチネエだよな、あれ」と言っていたがムチネエとは何のことだろうか? 妙に気になったが雨が降り始めたせいでそれどころではなくなり、ダッシュで家に帰った。




***




場所は変わって東京都某所。一人の男の元にその部下らしきもう一人の男が現れた。


「マスター、前線帰りのところ申し訳ないんですが報告したいことがありまして……」

「いいよ、言ってみて」

「大阪の方のダンジョンで一人の男性探索者が女性探索者になってしまったらしいんですよ」

「そのような例は聞いたことがないね。だけど前例がないからといって今報告しなければならなかったことなのかな? 君にしては珍しいね」

「いや、ここからが重要なんですよ。女性になってしまうまでの一連の流れの映像があるんですけど、女性になる前にその探索者は自分よりも二回り以上格上の未知のボスモンスターを相手にぎりぎり勝利しました。間違いなくしたのではないかと」

「ふむ、そうなるといずれ最前線に通用する人材になるだろうね。ところでその探索者はなんで女性になってしまったんだい? 変なトラップにでもかかったのかな?」

「あぁ……いえ、これもまた重要なことなんですけど、ボスを倒した後の宝箱で変身したんです」

「えぇ、珍しいこともあるもんだね……うん?ちょっと待って」

「多分今考えられたとおりだと思うんですけど、圧倒的な格上を撃破、それもたった一人で撃破するというを成し遂げた上での宝箱で変身したんです」

「じゃあその変身自体がギフト……ということなのかな?」

「おそらくは。さらに来ていた服や防具がドレスに変わっていました」

「それもギフトだろうね。うん、その探索者はどこかに所属しているのかな?」

「いえ、一応配信者として活動していたみたいなのでアーカイブを見漁りましたがずっとソロで活動しているようです。しかし他のクランは加入させようと躍起になっているかと」

「ふむ……それじゃあ無理に勧誘しなくてもいいかな。それ以上にその探索者の戦いっぷりが気になるね」

「あぁこれですよこれ」

「どれどれ……って、え?」

「あれ、どうかしましたか? やはりお疲れなので――」

「入れるよ」

「――はい?」

「絶対にウチのクランに入れるよ」

「え? は、はぁ……。それでしたら手が空いている人に大阪の方に行かせますね」

「いや、俺が行こう。ちなみに君が何を言っても曲げる気はないよ」

「えぇ、どうして……って言ってもこうなったマスターは止められないですしねぇ」

「悪いけどメンバーにはリフレッシュがてら大阪に行ったと伝えておいておくれ」

「仕方ないですね。でも、急にそんなこと言いだした理由を知りたいんですけど」

「まぁまた今度言うよ。それじゃ行ってこようかな」

「いえ、大阪まで行く元気があるなら書類全部片づけてから行ってください。では、私は別の仕事があるので、これで」


そうして部下の男が出ていく。残されたマスターと呼ばれていた男は久しぶり心が躍っていることを自覚し、口角を上げた。







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