第2話 ムチムチ、帰還する

 探索者にとって身体は資本だ。ダンジョンの中に入ると基本的に常に敵を警戒しないといけないし、よりよい稼ぎを得るためにはとにかく歩いて奥へ進まなければならない。敵へ攻撃するにも生半可な攻撃では仕留められないのはもちろん、逃げるためにも脚力や体力を求められる。


 まぁ、つまりは日頃の鍛錬が必須になってくるってことだ。曲がりなりにも安全第一を掲げていた俺は鍛錬を怠ったことはもちろんなく、なんなら趣味が筋トレやランニングといった鍛錬バカだった。


 そんな俺はとにかく鍛えたせいか見た目はさながら筋肉ダルマといった風になっていた。筋繊維の一本一本がこれでもかと肥大化したその姿はまさにガチムチマッチョと表せるだろう。


 当初はそんな鍛錬の成果に充足感を覚え、自らの身体に惚れ込んでいたものだが、ガチムチ度が増していくにつれてマイナス面にも目がいくようになった。


 例えばかなりのガチムチ度を誇る俺が電車で座るとスペースを1.7席分くらい占領してしまいなんとも居心地が悪いことになったり、人が隣に座ってこなくなるなんてことがある。


 180手前の身長にガチムチが合わさることで人の邪魔になったり、何もしていなくても威圧感を放つようになっていたのだ。


 また、ガチムチは女性にも評判が悪い。いつの時代もウケるのは細マッチョで、どんどんガチムチになっていった俺は自然と女性と縁のない人生を送る羽目になった。


 だが、俺もなりたくてガチムチになった訳ではない。必要だったからガチムチ道を歩むことになったのだ。


 バディを解散してソロになってからは危険な場面も増え、剣の力を存分に発揮できる姿勢でいられることが減り、それがさらに危険を呼ぶといった事態に発展したことがきっかけだった。


 相手もやはり生物なので個体差があり、同じモンスターが相手でも毎回機械的に戦うことは不可能。ふとした瞬間に懐に潜り込まれて、そんな時には剣は役に立ちづらい。


 結果俺はどんな姿勢でも腕力だけで雑に攻撃しても一定以上の破壊力を有する鈍器を使用することに決めた。


 しかし問題はここからだった。ガチムチになる前の俺が雑に扱えるレベルの鈍器は大した破壊力がなかった。それならばともっと重量があり、質量たっぷりの鈍器を求めると圧倒的に腕の、肩の、背中の様々な部位の筋肉が足りなかった。


 ならば、と俺はガチムチになることを選んだのだ。


 腕だけをがむしゃらに鍛えてはバランスが悪く、探索に支障がでるから全身を満遍なく追い込み、着実に筋繊維を破壊。ストレッチなどでケアをしてしっかりと休み超回復を待つ。これを繰り返して丁寧に磨き上げた身体はマイナス面はあれどやはり愛着を持たざるを得なかった。


 そんな俺の努力の結晶が、長年連れ添ってきた相棒が、活動のための資本が今――


 ムチッ♡ムチッ♡


 ――ムチムチのメスの身体になってしまっている。


 俺はまさかの事態への驚愕とガチムチボディを失った喪失感でしばらく放心した。


 だがしかし、現実は残酷なものでこの事態から目をそらすことはできないのだ。


 目線をおろし、身体に目をやるとまずそのハリがあり、それでいて存在感がたっぷりなお山が目に入ってきた。なかなかお目にかかれないサイズだ。


 その母性の象徴は真っ黒なドレスの生地を押し上げていて窮屈そうで……ん?ドレス?


 改めて身体を見る。ムチムチだ、間違いない。だが今重要なのは俺の格好だ。


 ノースリーブで肩は丸出し、漆黒のロングドレスだ。ただしホルターネックのデザインで谷間ががっつりと強調されており、加えてえっぐいスリットが入っていることで足を動かすたびにむっちりと肉感を醸す太ももが眩しいデザインになっている。


 少なくとも先程まで成人男性だった身としては人様の前で絶対に着れないタイプの服だった。あまりにもセクシーが過ぎる格好だ。


 ただ着心地が異常に良く、戦闘の邪魔にもならなそうなのは幸いだ。これから俺はひとまず地上まで引き返さないと行けないからな。


 俺の元の服は、装備はどこにいったのかという疑問はひとまず置いておこう。


 それにしても胸がデカいのもそうだが腰から尻にかけてのラインがもうすごい。すんごい。


 身体にぴっちりと張り付いてボディラインを強調するドレスのせいでエロ漫画みたいにほっそい腰とでっかいケツがこれまた強く主張している。


 それでいて不健康さはなく、むっちりとした肉感が健康な身体であることを示していて、元のガチムチの俺の前にこんな女が現れたらもう法の壁を乗り越えてしまいそうなくらいにはヤバい身体だった。


 これでとりあえず身体のチェックは終えたのだがこんな身体で武器を持てるのかが心配だな。


 俺の扱う鈍器はダンジョン産のとにかく重く、頑丈な鉱石、ブラックヘビーメタルで作った棍棒でガチムチの俺が持っていても少し重いと感じるように仕上がっている。


 いざ持ち上げてみようと手に取ると……ひょいと持ち上げられた。それはもう、軽々と。


 それに重心もズレていない。前の身体との乖離から違和感が生じてバランスが取れなさそうなものだが、最初からそうであったかのようにこの身体の感覚に馴染んでいる。


 ムチムチになる前よりもなんなら強化されている気がしてきたが、やはり不気味なので地上にさっさと戻って検査を受けることに決めた。


 本人確認は面倒そうだがミノタウロス戦から今までの流れは壊れないように部屋を俯瞰できる位置に遠ざけていたドローンが配信してくれているはずだ。映像も残っているだろう。


 なんなら視聴者が救助を呼んでくれているかもしれない。とそこまで考えたところで俺は気づいた。


 ――今、配信中じゃん。


 普段から安全第一を掲げていた俺は探索中は絶対に安全な状況以外コメントが見えないように設定していたし、見ないようにしていた。


 コメントを見ながら探索することはいわばスマホを見ながら車を運転することぐらい危険なことだからだ。


 ドローンから映像や音声を配信し、その配信に対するコメントは専用のコンタクトレンズを装着すると視界の端に映るようになる。


 しかしもちろんこれは視界の一部を塞ぐことになるので、探索中はコメントを見えないように設定しておくことが身の安全のために必要なことだった。


 最近は視聴者とのコミュニケーションを大事にしようとコメントを切らずに探索する配信者が増えており、それによる注意散漫が原因で死亡したと思われる者も多いことからコメント表示機能に対しては論争が起こっている。


 これは複数人だと一人はつけてても大丈夫だとかいろんな条件によって危険度は変動するけど結局は見えないようにしておく方が安全だ。


 バディ時代はあいつのおかげで安全な状況も多かったからコメントを表示していることも少なくなかったのだが、ソロの今では論外だろう。


 しかし、今は身体が変化してしまったことへの不安から人との交流がしたかった。ボスのリスポーンには最低でも1日はかかるはずだから、一応安全も確保できていると考えよう。


命令オーダー、コメント表示ON」


 ダンジョン発見後に開発されたなんかすごい技術を使ったらしいコンタクトレンズは音声認識機能が着いているので声で設定をいじれる便利設計だ。


 自分の声が低めの女性の声に変わっていたことに驚きつつも視界の端にコメントが表示されてきたので確認する。


 ・声が良い

 ・さすがにムチムチがすぎる

 ・俺はガチガチになってるよ

 ・みんな適応してて草

 ・宝箱で身体が変わるとか前例あるか?

 ・俺は太ももが好きだよ


 ……まぁコメントなんてこんなもんだよな。俺の配信ではダンジョンから出るまでは俺からの反応がゼロなのでネット掲示板みたいな民度になってしまっている。


 見ている側はコンタクトレンズの音声認識から俺の声を聞けるんだけどな。


 俺がコメント表示をONにしてもしばらく反応しないのはいつものノリで、変わらないコメント欄の様子になんだか安心した。


「おい、反応しないならOFFにするぞ。てかOFFにするわ。とりあえず今日は地上に帰還して終わりだ」


 そう言ってコメント表示をOFFに。身体が変化したことによる喪失感や、漠然とした不安感は馬鹿らしいコメント欄のおかげで鳴りを潜めたようだから活力がある内に脱出しよう。


 幸いなことにボロボロだった身体は何事もなかったかのように無傷で体力も溢れ返りそうなくらいに回復してる。


 なぜかパワーもガチムチ時代よりもあるし、不思議と身体に違和感もないのできっと大丈夫だ。


 結局帰りは何度か襲われたが妙に感覚が冴えている上に身体の具合もよかったので、問題なく殴り倒して地上に脱出できた。


 出入り口と繋がっている探索者協会堺ダンジョン支部には視聴者が話を通していてくれたらしく、そのまま病院で精密検査を受けることになった。
















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TS娘を安直にロリにしたり少女にする流れに風穴を開けたい。TSムチムチ姐さん、動きます。















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