3話 ありえないコンビ
まぶたを開けたのに暗い。そのうえ息苦しい。
顔の上に誰かがおおいかぶさっていた。尾形はそいつを両手で持ち上げ、どかそうとした。
横に動かそうとしたものの、何かにつっかえて、どうにもできない。暗い視界に目が慣れてくると、壁と白い物の隙間にはまりこんでいるのだとわかった。
縦方向に動くしかない。腹筋にまかせて上体を起こした。
おおいかぶさっていたのは式見だった。狭いのも道理でトイレだ。
身体を斜めにして、気を失ったままの式見を床にずりおろす。呻くような声がしたので、式見も意識が戻ったのかと思ったが、ぐったりとしたままだ。そのままにしておく。
ふらつきながら狭苦しい空間でどうにか立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
開かなかった。ドアが重くて動かない。
力を入れるには不十分な体勢のまま、強引に開けようと気合いを入れたとき、足が何かを踏んづけた。
「なんだ、眼鏡かよ」
気を取り直し、ドアを押した。ようやく空いた隙間に肩をねじ込み、フロアに出る。
すぐに家の外から、高くて軽いエンジン音が聞こえ、近くでとまった。
品物の回収に、軽のバン二台と人員四人が手配されていた。トイレは階段下のスペースにあり、玄関からは死角になる位置にある。入ってきた回収班の四人は、尾形に気づかないまま上がっていった。
ここは四人のあとを追うべきだろう。役に立つところを見せて印象をよくすれば、あとの仕事がやりやすくなる。式見は起きなかったとでも言えばいい。
しかし、階段を転がり落ちているような重い音が上階で響いた。ここにきて乱闘騒ぎとは面倒な……。
込み入っていく展開に尾形は苛立つ。
新手の回収係が三階フロアに入ってくる手前でリウが阻む。
ひと一人しか通れない階段が幸いした。対する相手が一人ずつになる。
「誰だ、てめえ⁉︎」
先頭の男が、ハンドガンを片手で突き出して凄んだが、
「三階にもど——待てっ、撃つな!」
クドーは、リウがホールドアップをしてみせたタイミングで、その腕の下から銃口をのぞかせた。
階段上の高い位置は、下にいる者に心理的な圧迫を加えることができる。唐突にあらわれたハンドガンに男が怯んだ隙で、リウが右膝を胸元まで引きつけた。
至近距離から男の手を蹴りあげ、銃口をそらす。
下ろす足で回収係の胸部に、下方向にむけた蹴りをいれる。加勢の後続をまとめて階段下へと転げ落とした。
リウも飛ぶように下りる。
二階のフロアに転がった四人を次々に鷲掴み、フロア奥に放り投げて階段から遠ざけた。
「クドー!」
相方の働きに呼応する。
「頼まれた! エリサ、行くで!」
「エリサ、走って!」
ネヴァの声にも背中をおされたエリサが動く。階段を踏み外しそうになりながら駆け下りる。
「
「学校のそば、たぶん北側!」
開け放たれままの玄関ドアから、ふたりして飛びだした。
二階の奥半分、倉庫スペースに回収にきた四人をかためた。
ネヴァは引き戸を閉めたリウとともに、門番の如く立ちふさがる。フロア奥の窓には面格子が付いているから、ここを塞げばエリサを追いかけることも、仲間を呼ばれることもない。
フロアの一角に、内装をはがして取り出された乾燥大麻が積み上げられている。甘さが混じった異臭がただようなかで対峙した。
ネヴァは早口でリウにつたえた。
「実は、左腕が使えなくなってる」
「ん」
「それだけ?」
あっさりしすぎる返事に拍子抜けしてしまう。
「私の右側に立つようにして……でいいか?」
カバーしてくれる台詞を期待したわけではなかったのだが……。
いずれにせよ、この人数を相手に立ち位置の維持はむずかしかった。
「わたしを最初から戦力にかぞえてなかった?」
「いや。少なくとも死角が減る」
「……わかった。一人で四人を相手にするよりマシと思ってもらえるぐらいには動けるから」
「余裕ぶってるのも今のうちだぞ」
蹴落とされたひとりが挨拶してきた。
「片腕しか使えない女と、ナイフしか持ってないウドの大木がナメた真似しやがって」
リウが冷笑をうかべる。
「なんだ素人だったか。ナイフの有効性を知らないなら、ナメたレベルで対処できるな」
四人がそろって気色ばんだ。
「銃を捨てたこと後悔させてやる!」
敵方のハンドガンをリウがとりあげていたが、
「四人がかりで始末できないとなったら、いい笑い者になるが、いいのか?」
アイスピックグリップからハンマーグリップへ。ナイフが生きているかのように手の中で動かしてみせ、リウがけしかける。
「眼球か頸動脈、好みのほうを裂いてやろう。どちらがいい?」
「その余裕が最後まであったら敬意を込めていたぶってやるよ!」
「見掛け倒しが、やってみせろってんだ!」
挑発にのった四人ともが、リウにありったけの怒気をむける。逃げ出したエリサのことは頭から消えたようだった。
ネヴァは後ろにさがった。
サポートに徹してリウの動線に入らないほうが早く片づきそうだ。接近戦に持ち込んだのは、殺さない警官の規範に従ったのだと思っておく。
それにしても……
普段は口が重いくせに、神経を逆なでするセリフは流れるように出てくる。
冷静さを失わせ、動きに粗をつくらせるためなのか、素の姿を現したのか、判断がつかない。
一階でじっとしていては事態がつかめない。再び階段に足をかけた尾形だが、慌てて引き返した。
複数の足音が階段を駆け下りてくる。シャッター近くにまとめてあった、チョークが染み込んで白くなった黒板と、錆がういたパーティションの後ろに隠れた。
シャッターと不用品の隙間に身体を押し込んだ直後、クドーとエリサが横切った。
「いっちゃん近い公衆電話おしえて!」
「学校のそば、たぶん北側!」
通報されてはまずい。
それもさることながら、尾形の目はクドーの胸元にひきつけられた。思わず歯噛みする。
ポリスバッチがあった。式見のスタームルガーを手にしているから、誤認をさけるためだ。
あのチビはこれから警官として行動する。応援を呼び、証拠品をおさえにかかってくる。このままでは時間と手間をかけた作戦が破綻してしまう——
尾形は、させまいと後を追った。
式見のことなど、すっかり頭から抜けていた。
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