2話 輪になる女たち

「姐さんたちに提案がありまぁす!」

 クドーは右手を高くあげつつ、女たちの争いのド争いの真ん中に分け入っていった。

「損させへんから、ちょっと聞いて!」

「じゃまだ! チビは引っ込んでな!」

 いちばん若い女が、クドーを突き返そうと手を伸ばす。肩に届く寸前、その手の行き先がずれて空を突いた。

 クドーの後ろについてきていたリウが、長いリーチをいかして、女の肘を外側から撫でていた。

「なにすんだ、この見掛け倒し!」

 警官を殴れば、すぐさま逮捕される。わかっていても、軽くいなされたことで激高し、すっかり忘れてしまう。今度はリウにむかって手を振り上げた。

「出てけ——⁉︎」

 結果は同じ。くうを殴っただけだった。

「バカにしてんのか、この!」

「本気でかかってきなよ!」

 さきほどまでのケンカを忘れ、女たちが団結した。タトゥーや傷痕で見目はアレでも、手出ししてこない長躯の警官に、拳や平手をあげてくる。

 そのすべてをリウがかわした。前後左右斜めと自在にステップを踏み、たいの向きを変える。イスや空き瓶が転がった狭い店内でも、つまずくことはない。かわし続けながらクドーに目で訊いてきた。

 ——いつまでやるんだ?

「あ、ごめん」

 相方の軽やかな動きに見物モードに入っていた。女たちの息もあがってきたタイミングで、もう一度声をあげた。

「損させへんのはホンマや! 聞かへんままでおって、あとで後悔してええの⁉︎」

「損」を強調して言った。女たちの視線が集まったタイミングで、すかさず手招きする。近づかないと聞こえないほどに、声を落とした。

「提案がふたつあるんや。好きなほうを選んで」

 クドーを中心に、女たちが輪になった。

「ひとつめ。風俗係のいっせい取り締まりの情報がある。ここでの飲食代プラス店の弁償費をはろて、店主に謝罪、即解散するんやったらおしえる。

 ふたつめは、警官相手に心置きなく暴れて、今夜の宿泊は留置所。どっちにする?」

 女たちが視線で会話する。留置所で夜明かしとなれば、今夜の稼ぎはゼロ……

 答えは、すぐ返ってきた。



 ケンカがおさまると、見る見るうちに野次馬がいなくなる。

 店主も弁償に納得した。

「うちの食器は、アルマイトやら樹脂製が中心だ。呑んで暴れるやつなんて、毎度のことだからな」

 女たちも仕事に散っていく。そのなかのひとり、黒のタイトミニがクドーをひきとめた。

タトゥーを入れてるノッポの女、あんたの相棒だよね?」

 柾木やスガヌマと額を合わせて話しているリウを顎でさした。

「そやけど。愛の告白でもするん?」

「タダで愛を囁いてやる気はないけど、礼を伝えといてくれない?」

「公妨(公務執行妨害)にならんように動いたこと?」

「ヤン……最初にあんたを突き飛ばそうとしたやつさ、本気じゃなかったんだよ。考えなしっていえばそうなんだけど、まだ若いから、バカやっちゃったっていうか……」

「わかってる。みんな、止めどころなくしてただけやろ? せやけど、毎回この手は使われへんで?」

「こっちもわかってる。言い訳だけど、手っ取り早い発散方法がほかになくて、ついやり過ぎちゃう。なんか別の手を考えるよ。じゃあね」

 仕事前の勢いづけで呑みはじめたら、憂さ晴らしがエスカレートしたといったところ。悪口の応酬は発散にすぎず、本気でケンカしていたわけではない。

 クドーの側にしても、自分たちの都合を通している。

 逮捕すれば評価につながる。けれど、やむくもに逮捕したところで同じことを繰り返すだけで変わらない。留置手続き諸々に時間をとられるばかりで、警らの時間を削られたくないと考えてのことだった。

 クドーは、路地の奥に消えていく女の背中を見送りながら、ひとりごちた。

「こっちも別のアプローチせなあかんねんけどなあ……」

 風俗係の情報をわたしたことに罪悪感はない。ただ、彼女たちの仕事を助けることが、はたしてよかったのかは……



 クドーが黒のタイトミニと出入り口のそばで話している。そちらを視線でさして柾木が言った。

「風俗係の取り締まり情報、どこで仕入れたんだ?」

「二日ほど前、係の刑事と廊下で立ち話をしていた」とリウ。

「なるほど。耳に挟んだのか」

「たまたまでも、外に漏らしていいんですか?」

 汗を拭うスガヌマが困惑をうかべた。

「大きな声では言えんが」マサキが後輩バディの肩に手をおく。

「情報は活かしてこそナンボ——だよな?」

 そうしてリウに目で同意を求めた。

「いっせい取り締まりは体裁みたいなものだし」

「有名無実だから問題ない……のかなあ……」

 スガヌマは納得していない。

「情報をもらしていいと言ってるんじゃない」

 説明を最後までする気がないリウに代わって、柾木が続けた。

「根本に手をつけんと、本当の成果はあがらん。けど、ミナミ分署だけでできることじゃない。かといって、なんもやらんと責められる。何を守るのか。その選択によっては規定より優先させることもあると、おれは思ってる」

「それは、ぼくも思います」

「クドーは〝悪用〟のために情報をあさってるんじゃない。ミナミ分署でも本部でも、横の連絡よこさないことを棚に上げて捜査のジャマしたとか、一方的に警ら課に噛みついてくることあるだろ? そういう無駄な衝突さけたい事情もあるんだよ」

「それはまた問題が別な気がしますけど……」

「まあ、そうだな。けど、システムの不備やら慣習とかが、すぐに改善されると思うか? できないからマシになる手段をつかう。

 だからおれは、さっき『思ってる』と言ったんだ。何を優先させるか、そのときに応じて判断するっていうのが、おれのスタンス」

「なんか、むずかしそうです……」

「わからんかったら、相談したらええやん」

 話の端を聞いたクドーがはいってきた。

「迷てることとか不満とか、ひとりで持っとったらあかんで? リウ」

 顔の向きを変え、相方に声をかける。

「このあとでトラスコ珈琲、まわっとかへん?」

「トラスコ? また動きが出てるのか?」

「や、特にない。最近はいった店員の感触がええから、馴染みになっとこ思て」

 情報屋というほどのものでなくても、親しくしておくと都合がいい。

「井戸端コネクションを着実に増殖させてるな」

「半分は趣味——」

「お黙り」

 事実をのべようとしたリウを笑顔で黙らせた。

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