新居

白米おいしい

新居

 お中元でもらったゼリーの箱を空にした。

 きれいな青い色のハンカチを広げて入れる。早速飼い猫がやって来て「どれどれ」と住み心地をたしかめる。箱はぎゅうぎゅうになってふくらんでいた。私は苦笑いしながら猫に箱を譲った。


 次の日に見てみると、猫はゆうゆうと丸くなって箱に収まっていた。痩せたのかしらん? そうではなく、箱がひと回り大きくなっている。私はふと考えて、箱の隙間に庭でつんできた花を添えた。見映えが良い。カメラのシャッターを切りまくる。猫はぶらぶらとしっぽを揺らしている。


 次の日、さらに箱は大きくなっていた。これは面白いぞ。私はわくわくしながらミニチュアの鳥や三角屋根の家などを置いてみた。箱の底に緑色のハンカチを敷いて草原に見立てる。下に重ねた青いハンカチはチラリとのぞかせて海にした。

 猫は自分の体にフィットしなくなった箱に興味をなくして、部屋の窓ぎわで日向ぼっこをしている。


 私が旅行で海へ行ったときに拾った貝を青いハンカチの近くに置いた。それからビー玉とおはじき。ガラスの小物はきらきらと光って私の心を和ませる。すべすべの小石をさわりながら、遠い潮騒の音を思い出した。


 さらに箱の容量が増えている。スペースを埋めるように樹木のミニチュアを密集させて森にした。小人の人形をあちこちに配置する。毒リンゴは……今回はやめておこう。


 ずいぶん箱が大きくなった。

 もしかして……

 私はおそるおそる箱の縁に手をかけて、そろりと片足を入れてみた。

 森の小人は半笑いの表情でじっと私を見つめている。つぶらな瞳は巨人におびえているのだろうか。私がぐいっと身を乗り出したとき、三角屋根の家の角に足の小指をぶつけた。しかたない、今日はこれくらいにしておいてやろう。


 ついにその日が来た。

 箱の中は私のお気に入りアイテムでいっぱいだった。好きな花、旅のおみやげ、メルヘンな人形……。

 いつになくそわそわしている飼い主を見た猫が足元にまとわりついてくる。どうしたんだと不思議そうににゃあと鳴く。

 私は猫を抱っこして、一緒に箱の境界線を越えた。世界の中心で体育座りをして「どれどれ」と箱の住み心地をたしかめる。もう少し余裕があるといいな。

 その日は猫と一緒に丸くなって箱の中で寝た。


 目が覚めると隣に小人が座っていた。森に置いた人形を動かした記憶はない。猫がじゃれついて吹っ飛ばしてきたのだろうか。

 というか、彼はもう小人じゃない。てのひらサイズの人形は小学生の子どもくらいに大きくなっていた。

 周りを見ると、森も同じようにスケールが変わっていた。作り物の木々は私の頭上に葉を広げている。あ、鳥が飛んだ。三角屋根の家なんて、ドアを開けたら中に入れそうじゃないか。

 ただし空は青空ではなく、私の家の天井だけれど。

 箱の縁ははるか遠くへ見えなくなっていた。


 ズシン……

 ズシン……


 どこかで低い地響きがする。

 海の方からだ。


 小人が顔を上げて音が聞こえる方向を見る。おまえ、動けるのか……。幻覚かな。


 そういえば、海の近くに恐竜のおもちゃが一体あったことを思い出した。

 もし、そいつがズシンズシンと歩いているのだとしたら……。


 にゃあー


 ひざに乗っていた猫がまんまるの目で私を見る。


 頼れる相棒は猫しかいないのだが。恐竜に猫パンチで対抗できるだろうか。

 なぜ逃げないのか。ここは自分の好きなもので埋めつくされている世界だから、謎の信頼感があったのだ。

 私は怖いもの見たさで潮騒の音が聞こえてくる方向へ歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新居 白米おいしい @nikommoji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ