8「漁港」

八月十五日である。

釣り大会に、芽衣は来ていた。

ヘアピンを、再度さび止めをして、着けていた。


絵は、後、背景に色を塗るだけで完成する。

今日は、息抜きも兼ねていた。


「それにしても、相変わらず、多いわね。」


それはそうだろう。

この大会は、小学生、中学生、高校生が対象だ。

きっと、すごい魚の量になる。

去年は、とても多く、奉納するのに沢山で大変だった。

奉納は、中学生がやることが決まっていて、今年から参加できる。

フェルメールとメーヘレンは、漁港を見て、驚いていた。


「こんなに多く子どもがいるのか。」

「この中にも、我々と同じように、憑いた子がいるかもしれないね。」

「そうね。それは、いそうだわ。」


実際は、感じないだけでいるのである。


今、芽衣の前を横切った少年は、漫画家と小説家が憑いていて、自分が得意な刃物作りに煮詰まっていた所だった。

漫画家は、生前書いていた漫画で刃物を沢山描いていたし、小説家は、推理物を書いていて、刃物が皮膚を貫通する強度を調べて書いていた経験から、新しい刃物の形を模索し、ついでに息抜きの方法も教えている最中だ。

この漁港にとっては、魚をさばける刃を作るのも、非常に重要な仕事である。


全てではないが、見立てがある子どもに憑いて、能力強化になっている。

芽衣の友達も、誰かが憑いているが、見た目わからないようになっていた。


「さて、今日は、何匹釣れるかな?」


芽衣は、早速、友達のお父さんに釣り竿を借りていた。


「今年は負けないよ。芽衣。」

「私も負けない。」


友達の鬼怒川紬きぬがわつむぎは、眼鏡をしていた。

その眼鏡のレンズとフレームに、二人の美術家が憑いている。


紬は、編み物が好きで、毎年、芽衣にマフラーや手袋などを作ってくれている。

しかし、難しいとされるベストに挑戦しているのを知っていた。

ゆくゆくは、セーターを作るのが目標だといっていた。

だけど、この頃上手く編めなく、不況だった。

紬の夢は、編み物に携わる人という簡単な思いである。


紬に憑いているのは、パブロ・ルイス・ピカソと岡本太郎だ。

どんな作品に仕上がるのか、とても興味深い。


芽衣も紬もお互いに二人の美術家が憑いているのを知らないまま、今は釣りに集中していた。

釣り針に、餌をつけていた。

得意というだけあり、餌のつけ方や、竿の使い方が、うまい。

フェルメールとメーヘレンは、芽衣の竿さばきを見て、ほめていた。

結果、芽衣は、数十匹釣れていた。


「去年を超えたわ。」

「おめでとう。芽衣。」

「芽衣が釣った魚、おいしそうだ。」


感想を述べた。


大会主催者が、中学生は集まる号令をした。

魚を氷が入った発泡スチロールに入れて、リアカーに乗せた。

中学校の竹林まで、中学生が協力して持っていく。

奉納した魚は、儀式が終わり次第、好きな量持って帰っていい。


奉納する場所へと行くと、そこには保と愛がいた。

他の研究者だろうか、白衣を着た人が何人もいた。

奉納の神聖な儀式よりも、選定されるような気配が感じられた。


魚を奉納する前に、一つ物語が読まれた。

それが、竹取物語である。

フェルメールとメーヘレンは、竹取物語を知らなかったから、興味津々で聞いている。



簡単に言うと、おじいさんが竹林から、光る竹を見つけて、割って見ると、そこには女の赤ちゃんがいた。

おじいさんと一緒にくらしているおばあさんは、その赤ちゃんを自分の娘として、名前をかぐやと名付け、大切に育てていると、とても、美しく育った。

それを見たこの地を治めている人達が見て、結婚を迫った。

けど、結婚をしたくなかったかぐや姫は、無理難題を持ちかける。

無理難題に挫折する人や、偽造をする人もいたが、その中の一人がやり遂げたのであった。

その時に、空からかぐや姫を迎えに来た本当の親がいた。

かぐや姫を守るべく、この地の男性は、弓やら槍やらを用いたが、歯が立たなく、結局、かぐや姫は本当の親の元へと帰って行った。



との話だ。

それが伝えられると、魚の奉納が始まった。

生徒一人一人が、ご神体に手を合わせ、お礼を言う。

芽衣の番が来た。

芽衣は、手を合わせると、ご神体が光った。


「何?」


周りは、その輝きに驚いていた。

その中で、驚きと他に血の気が引いた顔を見せたのは、保と愛だった。


「探しましたよ。かぐや。」


ご神体から周りに聞こえる声で、言葉が発せられた。


「かぐや?」


研究員たちが、一斉に芽衣を取り囲む。

保と愛は、その場を動けなかった。


「説明ありますよね?」


芽衣は、言うと、その場でご神体が説明を始めた。


「先ほどの物語は知っていよう。」

「ええ。」

「最後、帰ってきたと思われたかぐやは、偽物だったのじゃ。」

「どういう?」


すると、詳しく説明をする。


かぐやは年を取らなく、美しいままでいることが出来る。

だけど、連れ帰った者は、日に日に弱り、シワも出てきた。

そして、ついに亡くなってしまった。

この時点では、地球の食べなれない物を食べて育ったからと考えたが、それにしても、この連れ帰った肉体はかぐやではない。

調べていくと、かぐやではなく、ただの人間だった。


だから、まだ、地球にかぐやがいると思い探すため、かぐやを隠した竹林にご神体を置いて、来る人の中でかぐやがいないか、待っていた。

やがて、このご神体が、海の安全を守ってくれると言い伝えられ、このように魚を奉納し続けてきた。

そして、やっと、見つけたのが、不破芽衣である。

芽衣は、かぐやの生まれ変わりだと言われ、月に帰らないといけないと言われた。


それを聞いた芽衣は。


「何と言われようと、私は、行きません。帰る所は、この地です。」


すると、ご神体から、姿を現したのは、着物を着た長い髪をした女性だった。

周りの男性は美しいと見惚れ、女性は嫉妬する位だった。

しかし、芽衣にとっては、令子が美しいと感じていたから、嫉妬する位まで美しいとは思えなかった。


「この地を破壊したら、帰るしかあるまい。」


ご神体から出てきた女性は、手を挙げると、急に海が荒れ始めた。

月は、海の満ち引きに影響しているから、海の水を増幅させていた。

波立つ海の様子を見ると、周りは、とても騒ぎ、逃げ出す人もいて、避難が開始された。


「津波を起こす気?」


芽衣は、瞬間的に「本当に自分がかぐやの生まれ変わりなら」と思い、考え、竹林のご神体に手を当てた。


「私がもし、かぐや姫の生まれ変わりなら、言うことを聞きなさい。今すぐに、海よ。落ち着いて。」


海が落ち着き始めた。

それに対抗するべく、ご神体から出た女性は、力を強める。

芽衣と思いのぶつかり合いで、海が荒れては、落ち着きを繰り返していた。


『誰か、力を貸して。』


芽衣が願うと、ヘアピンが、光を放った。

目の前に、二人の人が現れた。

その形は、優しい顔をした男性と、頼れる顔をした男性だった。

体つきは、とてもガッチリとしていた。


「貴方達は?」


芽衣は、男性二人を見ると、優しい顔の男性が。


「私の名は、フェルメール。」


続けて、頼れる顔をした男性が。


「俺の名は、メーヘレン。真壁令子が、肉体を与えて下さった。」

「芽衣をお守りしろと。命令が下りました。」


フェルメールとメーヘレンは、芽衣の肩に手を置く。


「水彩絵の具を思い出せ。重ねて塗ることにより、色が生えてくる。」

「今、芽衣は、絵具だよ。あの者の色を重ねて、見えなくしよう。私たちの色も使って。」


フェルメールの色は黒、メーヘレンの色は白、それに芽衣の色が混ざり、深緑色へと変化した。

そして、ご神体から出てきた女性が深緑色の空気が包み、力を封じた。

海が、順番に落ち着き始めていた。


「そんなに帰りたくないのか?」

「それはそうでしょう。だって、あなたは自分の子どもを、育てずに、地球に放置した。ある程度まで育つと、本当の親だと言って無理矢理連れていく。子ども一人育てるの、どれくらい苦労すると思っているの?」


芽衣は、ご神体から出てきた女性が聞いていると思うと、続ける。


「赤ちゃんの時は、四時間に一回ごとにお乳やミルクをやらないといけなく、その都度、下半身が汚れてないのかを確認するのよ。睡眠不足になるし、ミルクだと哺乳瓶を毎度洗って消毒しないといけない。その合間に家事もあるし、自分の栄養も取らないといけないの。動けるようになると、段差で落ちたり、高い所に上って落ちないかを見てないといけないのよ。」


そのことを、保と愛が訊くと、芽衣が生まれた時からの姿が、思い出してきた。

そう、産まれた時は大変だった。

よく聞く話では、夜泣きがすごくて寝れなくて大変だと訊くが、芽衣は夜泣きを殆どしなかった。


「幼稚園になると他人との生活が始まるのよ。言い合いに取っ組み合いとかで、トラブルや怪我をしたりさせたりするわ。」


取っ組み合いは無かったが、言葉が早かったから言い合いはあった。

周りの子よりも、文字も数字も読んだり書いたりするのが、早かったな。


「小学生になると、分団とは言え、子どもたちだけで登下校をし、事故が起きないようにいつもハラハラするし、学校で勉強が理解出来なかったり、友達とも喧嘩をしたりして、先生から連絡来たり、PTAの仕事や地域の役員になったりして仕事がくるわ。それも、本来の仕事の合間によ。」


小学生から、英語の授業があって、英語だけ点数が低いことで、先生に呼ばれて家での生活を訊かれたな。

よく考えれば、横文字に弱い子だったな。

そんな風に、色々と思い出し、保と愛の目には、涙があふれていた。


「中学になると高校受験が目標になっていくわ。その為に塾に行かせたり家庭教師雇ったりする。それに加え反抗期が目に見えて来るわ。」


芽衣の将来やりたいこと、思えば聞いてないなと思った。

小学生の内は、仕事を減らしたり、保か愛のどちらかが家にいた。

だけど、中学に入ってからは、共働きになり、話を聞いているようで聞いていなかった。


「高校生になると、社会人の見習いだから、子どもがバイトし出すと、そのバイト先で失礼なことをしないかと、また心配するわ。それに、進学か就職かの選択も迫られていく。」


芽衣が、どんな子になるのか、ワクワクしていた。

けど、そんな芽衣が、かぐやの生まれ変わりだと知って、自分の手から遠い月へと行ってしまう。


「病気や怪我をするとね、その度に仕事を抜けて病院に連れて行かないといけなく、程度によっては一緒にいるから仕事を休むことになるのよ。そんな苦労をしても、子どもは反抗してくるし、言うこと聞かない。」


息を切らすことなく、親の苦労を話す芽衣を見て、保と愛は、もう、顔いっぱいが涙であふれていた。


「それらの苦労をすることなく、大人になったから迎えに来たって、虫が良すぎます。」

「で、でも、若返りの方法を教え。」

「若返っても苦労は同じだし、なによりもお金かかるのよ。」


芽衣は、ご神体を触っていない手で、人差し指と親指をつけて、中指、薬指、小指を開いた形を作った。


「子ども一人育てるのが、どれくらい大変か、貴方にわかる?」


その言葉に、フェルメールもメーヘレンも、子どもがいたからわかる。

本当に自分が生きるのに必死なのに、子どももいると尚更。

その為にプライド捨て、願わぬ物に身を委ねなければならないこともある。


芽衣は、両親が大変な仕事をしているのを知っていたし、自分が災害派遣関係の仕事に就きたいと思い、色々と調べていく内に、人を育てるにはどれ位の苦労と時間、それにお金がかかるかを知ってしまった。

中学一年生でありながら、大人な考えを持ってしまった。


「それに、何か事情があったとしましても、竹に子どもを放置したことに変わりはないわ。もしも、地球に子どもを頼むなら、菓子折りの一つ持って対面でお願いするのが大切でしょ?それに、あなたは、本当の子どもを見抜けなかった。だけど、分かっているはず。偽物であっても本物と認識して、月に連れて行った人との生活が、偽物であるはずがない。見抜けなかったとは言え、あなたにとっては本物の生活だったはずです。」


メーヘレンが、芽衣の肩に力を込めた。

それをフェルメールが知ると、微笑み、同じように力を込めた。


「だから、物によるけど、偽物も本物に代わることがあるのよ。」


すると、思い出した。

月に連れ帰った人と生活した日々のこと。



「ここが、私の部屋?」

「ええ、そうよ、かぐや。」

「…ありがとう。お母さん。」


「お母さん、これ、作ったの。」

「何かしら。」

「地球で習った組ひも。」


「お母さんとお揃いの着物。」

「お揃い嫌だった?」

「ううん。すっごく嬉しい。」



本当に、楽しくて、嬉しかった。

自分が腰に巻き付けている組ひもを触ると、次第に涙があふれて来た。

すると、力が弱まり、海の荒れは収まった。


「この漁港は、私がかぐやの名のもとに、絶対に津波を起こさせない。」


宣言すると、瞬間に、まるで新たなご神体を祝うように、海に魚が跳ね始めた。


決着が付くと、保と愛が、芽衣の傍に来た。

その顔には、涙があった。


「ごめん。芽衣。仕事仕事で、気を使わせる子にしてしまった。」

「親の苦労を、子どもが口に出すなんて、自分が情けなくなった。」




保と愛は、自分は芽衣を守っていると思っていたが、それは少し違った。


本当に守りたかったら、仕事量を減らして、子どもとの時間をもっと増やすべきだった。


子どもから来てと言われて行くのではなく、自分から子どもの傍に行くべきだった。


傍にいて、話を聞いて、どこかに遊びに行って、一緒に体験するべきだった。


後悔が、芽衣が闘っていた時に、ヒシヒシと感じてきた。


直ぐにでも、芽衣に抱き着きたかったが、闘っている時の邪魔になると思って、近寄れなかった。




周りの研究者が、芽衣達を囲む。

保と愛は、芽衣を離さず、研究者をにらみつける。


すると。


「大丈夫です。連れ帰ることはしません。もう、自由にするがいい。私は、月で見守っていよう。それと迷惑を掛けた、お詫びとして、この地域に住む人々の免疫力を少し上げて置く。しばらくは、大きな怪我や大きな病気は、しないであろう。」


空を見上げると、そのまま空に消えた。

落ち着くが、落ち着けない要因が一つあった。

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