7「着色」

七月三十一日、絵の出来は、下書きが済んだ所だ。

明日、八月からは、色塗りに入る。


「白黒でも、完成するのって気持ちがいいわね。」


芽衣がキャンパスを見ると、フェルメールは。


「よくがんばったね。」


と言った後。


「では、色塗りは任せたよ。メーヘレン。」

「は?」


メーヘレンに任せた。

今までメーヘレンは、フェルメールの邪魔にならないよう、言葉を遠慮していたが、下書きが終わったから、任せられた。


「だって、メーヘレン、助言してないよね?この能力強化は、二人で行わないといけないんだよ。」

「あー、そうですね。わかりました。色は、任せて下さい。フェルメール様。」


その会話を聞いて、芽衣は不思議に思っていた。


「なんで、メーヘレンさんは、フェルメールさんを様づけで呼ばれるのですか?」

「え?えーと、尊敬しているから……かな?」


メーヘレンは、言い辛かった。

生前、メーヘレンは、復讐とはいえ、フェルメールの作品の贋作を作っていた。

亡くなった後、魂の管理場所でフェルメールを見た時、罪悪感が襲ってきた。

それ以来、目を合わさないように、言葉を交わすこともなく、過ごしてきたが、今回のペアになり、現世での子ども美術能力強化を命令された。


失礼の無いように、様付けをしていた。


「別に、呼び捨てでもいいよ。メーヘレン。」

「それは…その…。」

『それに、あの事件がテレビで放映されたから、私のことが世界中で認識されるようになったし、感謝だよ。』

『でも、その前に、発見した人がいたでしょ。』

『あれは、本だから、取った人しか知らないでしょ?テレビで放映は、大きいよ。』


言い辛そうにしているメーヘレンを見ると、質問してはいけないことだったのかな?と芽衣は思った。


「芽衣は気にしなくていいからな。さ、色塗りの仕方だったな。」

「ええ。水彩画にしたいのです。出来れば、色鉛筆とかクレヨンとかでも。」

「この絵なら、筆だと良く描けると思うよ。」

「なら、水彩画に絞ります。」


水彩画は、重ね塗りをすると、下の色も影響する。

だから、そこを見越して塗らないといけない。


「まずは、一番下になる所から塗っていくんだ。」

「となると、背景?」

「この作品だと、顔の部分からだな。ある程度、一度、塗った後、影を作っていくんだ。仕上げに、背景を塗って完成だ。この方法が、美術初心者としては、塗りやすいと思う。油絵具だったら、違う方法だけどな。」


仕方を教えると、それをメモする芽衣。


「そういえば、芽衣。宿題はどれ位残っているの?」

「バッチリ、自由研究以外は、終わったよ。数学は計算が大変だったわ。英語は苦手だから数学より時間がかかったし、疲れた。」

「なら、ゆっくりと出来るね。色塗りは、神経使うから、時間気にしないでやってみてね。」

「ありがとうございます。フェルメールさん。」


絵具をパレットの上に出す作業の注意点から、筆の持ち方に、先の使い方、走らせ方をメーヘレンは教えた。

その通りにして見ると、はだ、目、服、耳飾りなどの質感が違って見える。


「こんな小さな動きだけで。」


芽衣は感動していた。

自分の手が、これほどまでに絵を描ける物だったとは。


「絵を描くの好きになった?」

「ええ、とっても。好きな魚でも今度、釣ったら、描いてみようかな?」

「釣り出来るんですか?」

「ええ、釣り好き。でも、釣り竿は高いから、友達のお父さんが漁師だから、借りて釣りするの。」

「一度、見て見たいな。」


フェルメールは、芽衣の釣っている姿を想像する。

八月のお盆にこの辺りは、釣り大会を開く。

その大会に毎年出ているから、一緒に行こうと話をした。


お盆に子どもが釣った魚を、学校の竹林にあるご神体に奉納することによって、この地の平穏を保てるというものだった。

お盆までは、まだ、十五日ある。

その間に、完成出来ると良いなと思った。


「ゆっくり出来ると思うけれど、問題は自由研究です。」


まだ、自由研究が決まっていなかった。

キットを買ってきて作ってもいいのだけど、中学生のなったのだから、少し凝った物にしたかった。

それに、物ではなくて、研究もいいかな。


芽衣は、十五日まで、色塗りに専念していた。

思った色が作れずに、メーヘレンは、言葉で説明しながら、作っていく。

模写といっても、完璧に同じに仕上げなくてはいけないわけではないから、初心者ががんばって描きました感が出て入れればいい。

なんせ、美術初心者の中学一年生、十二歳だ。

でも、芽衣の筆使いは、少し説明をすれば、上達は早かった。


「筆使い、良くなっているじゃないか。」

「教え方がいいんですよ。メーヘレンさん。」

「肉体があれば、もっと、詳しく教えられるのにな。」

「仕方ないですよ。言葉だけでも、とても分かりやすいですよ。」

「そうだろうね。私達は、管理者から、芽衣が分かりやすい言葉を使って話をする魔法が掛けられているからね。」

「管理者さん、ありがとうございます。美術が好きになりました。」


筆を持ちながら、指を順番に絡めさせ、上を向いて、祈った。


「所で、管理者さんって、今もこの世界をみているのでしょうか?」

「多分な。」

「素敵な提案だけど、一人の生徒に二人の先生って贅沢ね。先生によっては、すごく有名な人もいらっしゃるでしょうね。」

「そ……そうだね。」


その話を聞いて、フェルメールは少し笑った。


『有名な人…ね。』

『フェルメール様も有名ですよね。』

『メーヘレンも有名じゃないか。』

『有名といえば、ゴッホとペアになった人も、日本で有名な画家だったな。』

『葛飾北斎か。』


少し、芽衣が描いている姿を見ながら。


『贅沢か。』

『そうだな。贅沢かも。』


フェルメールとメーヘレンは、芽衣という種を花が咲くまで自分が育てられるのは、とても贅沢だと思った。


十四日


「後、背景だけで、色塗りが完了したわ。」


昼ご飯を作っている時に、フェルメールとメーヘレンに報告した。


「よくがんばったね。」


フェルメールが、頑張りをほめる。


「後は、背景だけだ。だけど、まだ、絵具が渇いていないし、明日は釣り大会なのだろ?午後からは、休むといい。」


メーヘレンが、進行状況を把握していて、芽衣の身体も心配して、話をした。


「そうね。そうします。」


芽衣は、茹でた麺をザルに移して、流水で洗った。

麺を皿に乗せて、その上に既に用意してあったハム、かにかま、キュウリ、レタス、トマト、錦糸卵も麺の上に並べた。

そして、別の小さな器を冷蔵庫から出して、開けると、紅ショウガがあった。

今日の昼ご飯は、冷やし中華である。


冷やし中華を食べ終わると、芽衣は、出来た時間に学校が始まった時に困らないように準備をした。

後は、自由研究と美術部課題だけにした。

だけど、本当に時間がある為、メーヘレンが提案してくれたように、休む。

早いけど、風呂を洗って湯が溜まったら、入る。

少しだけ長く入って、身体を暖かいお湯でほぐした。


釣り大会は、午前七時からで、朝、早い。

丁度、良いのである。


夕ご飯は、両親が帰って来て、愛が作った。

炊き込みご飯、豆腐とネギの味噌汁、サバの焼き魚、卵焼き、サラダである。

愛が作る料理は、日本食が多いが、毎回、とても美味しそうだ。


「芽衣、明日、釣り大会ね。」

「楽しみ。」

「去年も沢山釣ったわね。」

「今年は、去年を超えたいわ。」


すると、保が。


「だけど、気をつけろよ。魚の力は、思った以上に強いからな。」

「海に落ちないように気を付けるよ。」

「その…ヘアピン、気をつけろよ。海の水はさびやすいぞ。」

「そうだね。でも、大丈夫。さび止め塗ってあるの。」

「いつの間に。」

「だって、お父さんとお母さんがくれた物だから、大切にしたいの。」


すると、愛と保は「かわいいな。そんなので良ければ、また買ってやる。」みたいなことを言った。

芽衣は、無理しないでと言い、全て食べきって、ごちそうさますると、食器を水道に持って行って、部屋へと入った。


「本当は、フェルメールさんとメーヘレンさんが、一緒にいられるようにだけどね。」


芽衣は、背景だけになった自分の描いた真珠の耳飾りの少女、真壁令子を見ると、そろそろ寝ようかと思い、歯磨きをして、家の窓や玄関の施錠を見て、ベッドへと寝ると、そのまま眠りに着いた。


その夜。

夢の中に入った芽衣は、早速、令子と出会った。

令子は、今まで出会った時と少し様子が違った。


「令子ちゃん?」

「芽衣さん、これをあげるよ。」


耳についている真珠を、芽衣の耳に着ける。

すると、あの時、アクセサリー店で体験した重さはなく、自然に身体になじんだ。


「あれ、重くない。」

「明日、何か起きるかもしれないけど、私が憑いているわ。でも、気を付けて。」

「何か?海に落ちるとか?」

「それは言えないわ。感づかれると困るからね。」


令子は、上を見た。

夜に上を見る動作は、月か星だ。

芽衣は、フェルメールとメーヘレンに何か起こるのでは?と思い、ヘアピンを置いて行こうと思ったが、折角の日本漁港観光だ。

今までもヘアピンをしていて落としたことはなかったから、落とさない自信がある。


それ以外だとすると、やはりさびるのか。

起きた時に、再度、さび止めを付けることにしようとした時、音が聞こえた。

目覚める音だ。


「芽衣さん。」


一度、芽衣を令子は抱きしめた。

瞬間、令子の腕から芽衣が消えた。


夢の中で残された令子は、指を絡めさせて、祈った。

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