3「説明」

説明を訊いた不破は、すごく申し訳ない顔をしていた。


「本当に申し訳ないんだけど、私、美術、全く分からないの。でも、今、困っていたから助かるわ。」


不破は、黒を左手の平に、白を右手の平に、優しく導いた。

光を見ると、とても暖かい感じがした。


「えーと、身に着けている物に宿らないといけないんだよね。」


不破は、自分の身なりを姿鏡で見ると、頭についているピンに目が留まった。


「これ、これに宿って。」


不破の外見は、今は夏休み一日目で、家にいて私服を着ていた。


足首まである丈の緑色をした、フリルもなく、柄もなく、装飾品もない、ただ単に後ろにファスナーのある半袖のワンピースだ。

子どもの顔立ちで、背も百四十センチから百五センチの間であり、体系は太くなく、細くなく、髪は黒く肩までの長さだ。


そんな髪に留まっているピンは、三日月の形をして黒色をしているのと、星の形をして白色をしていた。

両親が、中学入学祝いに買ってくれた物だ。


光は、それぞれの色をした物に宿った。

宿ったのを確認すると、再びピンを頭に着けた。


「えーと、自己紹介するね。私は、不破芽衣。中学一年。もう一度、名前を聞かせてくれるかな?」


不破は、説明の中で、名前を訊いたが、長すぎて覚えられなかった。

黒い月に宿った美術家が、話をし始めた。


「私の名は、ヨハネス・フェルメール。名前分かりにくかったら、フェルメールでいいよ。」


白い星に宿った美術家が、流れに乗って。


「俺の名は、ハン・ファン・メーヘレン。フェルメール様と同じで、分かりにくかったらメーヘレンでいい。」


不破は、忘れないようにメモ用紙に名前を書いた。

そして、何度も何度も名前を唱えて、ようやく覚えて来た。

人は、繰り返すことは、覚える。


フェルメールとメーヘレンは、部屋に置かれたキャンバスに惹かれた。

キャンバスを見ると、黒い線が少し描かれているだけだった。


「これは、何を描こうとしたの?」


フェルメールが訊くと、不破は説明をし始めた。

説明を訊いて、お題を見せて貰うと、フェルメールとメーヘレンが反応をした。

それはそうだろう。

真珠の耳飾りの少女は、フェルメールの作品である。

自分の作品を模写するのは、複雑であった。


『あの、フェルメール様。あの作品は。』

『ええ、私の作品です。』

『現代まで、評価されるなんて、嬉しいですね。』

『一時期、忘れ去られていましたけどね。』


不破に聞こえないよう、魂の意識で話をした。

生前の話はしてはいけない決まりだから、心で話すしかないのである。


不破は、美術初心者で素人だ。

絵も、授業以外では描くことがないと、説明した。

模写とはいえ、絵を本気で描くのは初めてである。


それを訊いたフェルメールは、一度、外を見ることを進めた。

不破は、自分の部屋から外を見る。


不破の家は、マンションであった。

マンションの五階の一区画が、不破の借りている領域である。

その領域にある一室に、自分の部屋を用意して貰っていた。


借りているマンションの領域は、玄関を開けると真っ直ぐに廊下があった。

廊下の突き当りが、居間である。

居間まで行く導線に、お風呂と脱衣場とトイレが右側にあり、三つの部屋が左側にあった。


玄関から数えると、一番目の部屋が母親・あい、二番目の部屋が父親・たもつ、三番目の部屋が芽衣の部屋である。


芽衣の部屋は、扉から入ると、右側には洋服箪笥と姿鏡。

左側には、ベッドと机。

正面には、ベランダ付の窓があった。

広さ、六畳の部屋の中は、女性らしいかわいい物があったが、大きな物はなかった。

本当に、必要最低限の物を置き、おしゃれを楽しむ女性の部屋であった。


中でもヘアピンは、お気に入りだ。

両親から貰った物だから、そこから興味が沸いた。

それにヘアピンは、中学生のお小遣いでも買える値段だ。


そんな部屋から、ベランダに出て、外を眺めると、夕日に照らされた町が見えた。


「ほら、この風景、太陽の光でとっても綺麗でしょ?」

「ええ、そうね。」

「この美しさを知っていれば、きっと、描けるよ。」


すると、メーヘレンも。


「その為に、私達が来たんだ。大いに頼って欲しい。」

「うん。わかったわ。でもね。今日はやめておくよ。」

「どうして?」


メーヘレンは、お題と模写と聞いて、正直ワクワクしていた。

フェルメールの研究をしてきたから、自分の分野と思っていた。

今からでも、描きたい気分になっていたが、肉体がない為に物が触れない。


「だって、宿題があるから。」

「宿題?」

「えーと、日本の学校は、毎日、家でする勉強があるの。それが宿題。で、今、夏休みに入っていて、その間にも宿題は出されているの。それが沢山あるから、絵はその合間にやることになるわ。」

「なんと。家にいても勉強だと。休みなのだから、遊べばいいのに。」

「と思うけど、課せられた仕事を子どもの内から責任を持ってやれないと、大人になってから大変だから、習慣をつけて楽にするって聞いたわ。だから、宿題があって、勉強するの。」


不破は、宿題の説明をすると、机に用意した宿題をやり始めた。

宿題を見ていると、国語、数学、社会、理科、英語、自由研究がある。


国語は、プリントで文章読み取りが三作品と小学生と一学期に習った漢字テストを両面十枚。

数学は、正の数と負の数に、素数と因数分解の問題が書かれているプリントが十枚。

社会は、日本の都道府県の場所と県庁所在地に世界の国と首都の場所を書き込むプリントが七枚。

理科は、小学生の時に習った理科で使用する道具の使い方と注意点のおさらいプリントが五枚と、好きな花の特徴や色などの説明を調べて書く。

英語は、一学期に習った文法と、習った英単語をノートに書き写しである。


それに加え、美術部の課題。

自由研究は、何も計画していない。


それを把握したフェルメールとメーヘレンは「時間が足りないのでは?」と、思い心配した。

でも、不破は、勉学に置いては、英語以外は出来た。

英語は苦手で、英単語を見ても、読めないし、会話になると、分からなかった。


得意な国語からやり始めると、一日目で漢字テスト十枚出来た。


不破の計画からすると、七月中に宿題を全部済ませて、八月は自由研究と美術部の課題に取り組もうとしていた。

国語が一日で思ったよりも出来たのを確認すると、計画を考え直した。

午前に五教科の宿題、午後から美術部の課題にした。

それを、フェルメールとメーヘレンに報告すると、明日の午後から能力強化開始が出来るのを確認した。


少し休もうとした時、部屋をノックされる音がした。


「芽衣、ご飯よ。」


母が、夕ご飯が出来た知らせだった。


「はーい。今、行きます。」


不破は、宿題をそのままにして、居間へと行く。

居間へ行くと、左側には畳敷きで冬はこたつになる机と、周りに座布団が置いてあり、テレビとテレビ台がある。

テレビ台の中には、ブルーレイレコーダーとブルーレイソフトが数点入っていた。

正面には、ベランダに出られる窓があり、物干し竿があるから、ここで洗濯物を干しているのだろう。


右側には、台所があった。

台所は、冷蔵庫、水道、IHクッキングヒーター、調理台があった。

水道とIHクッキングヒーターと調理台の下は、収納になっている。

地震が起きた時に、落下物がないよう上の収納はない。


その前に、テーブルがあり、三つ椅子が用意してある。

このテーブルは、四つ椅子のセットだったが、三人家族であり、一つの椅子は今は洗面所にある。

そのテーブルに、ご飯に味噌汁、焼き魚と小さな鉢にほうれん草のおひたし。

机の真ん中には、リンゴが剝いてあった。


『この量で足りるのか?』


食事を見たメーヘレンは、不破の心配をした。


『でも、結構おいしそうだよ。』

『そうですね。肉体があれば、一緒に食べたい。』

『本当に、それに焼き魚、良い感じに油が乗っていて、酒に合いそうだ。』

『ああ、それはいいですね。』


フェルメールが肯定すると、メーヘレンも肯定した。

不破は、食事を食べ終わり、部屋へと戻った。


「日本のご飯は、おいしそうだね。」

「そうね。おいしいわ。特に、私は焼き魚が好きなの。だから、今日の食事、嬉しかったな。」


不破は、フェルメールと話すと、ヘアピンを取った。


「どうして取るんだ?」

「今から、お風呂に入るからだよ。ヘアピンが、さびるの嫌だからね。」

「風呂?日本の風呂って、どういうのだ?」


転生を待つ魂の場所では、風呂があったが、フェルメールとメーヘレンは使用しなかった。

たまに、気分転換でシャワーを利用した位だった。

だから、日本の風呂が気になった。


周りから聞くと、バスタブに湯を張り、粉を入れて、色が付く。

その湯に肩まで浸かり、数を数えるとか、風呂の入り方にルールがあるなどを、訊いていた。


その説明を不破は聞くと、確かにそういう入り方もあるけど、百聞は一見に如かずで見て貰うのが早い。

ヘアピンを再度つけて、着替えを持ち風呂へと向かう。

風呂を見せると、バスタブにいっぱいお湯が張られていた。

色はついていなかった。


色については、入浴剤と言って、風呂に浸かりながら身体の疲れを取る効果があり、今日の気分でいろんな色がある。

温泉に行くと、電気風呂、露天風呂、水風呂などの説明をすると、フェルメールとメーヘレンが、風呂に入っていないのに柔らかくなる感覚が感じられた。


「ああ、肉体があれば、浸かりたい。」


フェルメールが言うと。


「確かに、これは素晴らしいですね。」


メーヘレンも、肯定した。

芽衣は、脱衣場にある洗面所の下収納から、粉の入浴剤を出して、封を開けた。

フェルメールとメーヘレンが、見えやすいように少し屈んで、バスタブに行く。


「見てて。」


入浴剤を湯へと入れると、フワリと粉が湯に溶けていき、緑色に染まった。

フェルメールとメーヘレンからは、すごく感動する声が聞こえて来た。

少し混ぜると、深緑になった。


「この入浴剤は、肩こりに良いんだって。」


説明すると、気分だけでも味わって貰おうと思い、脱衣場にヘアピンを置いて、お風呂へと入った。

とても気持ちがいい音がする。


『我々は、今の日本を知らなすぎですね。』

『そうですね。知る所から始めないと、あの子の能力底上げが出来ないからな。』

『あの子ではないよ。メーヘレン。芽衣と言っていた。かわいい名前ですよね。』

『はい、芽衣は、美術の世界に入るのが、初めてだと。』

『どうしたら、美術を好きになって貰えるかな。』

『好きな絵でもあれば、きっかけとなると思うけど、それもないみたいですね。』

『部屋を見ても、絵画がなく、本すら教科書や辞書位でしたからね。』

『難解な子だ。』

『本当に。』


美術に触れたことのない人に、好きになって貰おうとすると、とても大変である。

それに、今回は描かなくてはならない。

どんな世界でもそうなんだが、興味ない人に興味を沸かせるのは、難解なのだ。


そんな話しをしていると、風呂から芽衣は出てきた。

芽衣は、体を拭いて、服に着替えると、椅子に座って髪の毛をドライヤーで乾かした。


ヘアピンを持って、部屋へ行くと、早速、フェルメールとメーヘレンは、芽衣の住むこの時代を聞いた。

芽衣は、教科書を見ながら、分からないことはスマートフォンで確認して、出来るだけ自分がわかる範囲を教えた。


フェルメールもメーヘレンも興味を持ったのは、画材だった。


「え?この絵具、その百円均一という店で買うと十二本入って百円?安い。」

「この色を出すのに、鉱石を削っていたし、結構な値段がしたよ。」


すると、芽衣は。


「小遣いが少ない学生にとっては、百円でも高いよ。本当にギリギリなんだから。」


自分のお小遣い帳を見せた。

お小遣いは、小学生の時は、毎月千円貰っていた。

だから、七万円近くは溜まっているし、お年玉や誕生日でも貰っていたから、十万円は溜まっていた。

中学に入ると、二千円にあげてくれたが、それでも将来の為には足りない。


「このお金は、両親が働いてくれた証だから、適当に使えないよ。」


フェルメールもメーヘレンも、芽衣への好感度が上がった。

同時に、この部屋の物が、最低限しか置いていないのかを悟った。

芽衣が、あくびをした。

時間を見ると、午後十時を過ぎている。


「もう寝るね。」

「えっ?」

「子どもの平均睡眠時間は、十時間なの。明日は、ラジオ体操があるから七時前に起きないと行けないのよ。毎日、八時には寝ているのだけ……。」


もう、ベッドに横になって寝てしまった。


『寝てしまった。』

『俺達が、無理させてしまったのか?』

『そうだろうね。』


寝息を立てている芽衣を、ソッと見守った。

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