第2話 消えゆく意識は

 目が覚めたのは、どこかで異質な空間だった。


 群青の大地に、薄桃色の空。

 今まで生きてきた世界では、想像できないような非常識な空間。


「ここ……は?」


 驚きのあまりに声が出てしまったが、よくよく考えれば死んだのだから当たり前の事なのかもしれない。

 足元は、どうやら水面のようで、一歩動く度に水の波紋が広がっていく。


────チリーン。


「?!」

 聞き覚えのある鈴の音に後ろを振り返ると、先程、家の駐輪場で見た猫が座っていた。

 何でここに猫が? 明らかにおかしいのは分かるのだが、この空間においてこの猫の存在があまりにも似合い過ぎる。


『ニャー』


 まるで“ついて来て”と言うかのように鳴いて、私の後方へと歩き出した。


 ピチャンピチャンと音を立てて歩いていく様はとても可愛らしい。


「え、ちょっと待って!!」

 

 置いて行かないで、と手を伸ばして追いかけるものの、中々追い付かない。私の方が速く歩いているつもりなのに、どんどんあの猫の姿が見えなくなっていく。



 気付いた時は、辺りは真っ暗な闇。

 猫なんてどこにもいないし、音も聴こえない。


 “怖いよ”


 どれくらい歩いたかも分からないし、どれ程の時間をここで過ごしているかも分からない。

 ましてや、自分が既にという変えようのない事実が重ねて私の不安を煽った。


────ッ。


 涙が頬を伝い、足元へと落ちていった。

 自然と涙が流れてしまう程、私の精神は不安定らしい。

 そんなことに気付き、自嘲しているのもつかの間。


「!!」


 涙の雫が落ちた足元からキラキラと光野粒が涌き出ていた。


「何……これ?」


 段々と辺りが光で満ちて、闇が消えていく。


『ねぇ、こんなもんで死んじゃうの? 君』


 光の粒によって視界が真っ白になった頃。鈴を転がしたような少年の声がした。


“あなたは誰?”


『僕? それは教えられないや』

「?!」

『あ、ごめんね。心を読ませてもらったよ』

 姿が見えないし、心の声を読んでくるし……。一体何?

「……。声だけしか聴こえないんだけど、姿を見せてもらっても良い?」

 恐ろしく思いながら、仕方なく声を発した。所々、震えが押さえきれず声が尻すぼみになる。


『あ、そっか。いいよ』


 その声が聴こえると、私の前方で暖かな風が舞い起こった。


 そして、目の前に現れたのは少年だった。

 キラキラと輝いた星空の瞳。サラサラの銀の髪は、夜露を浴びたようにキラキラと青みがかって輝いている。


 “神……様?”

『違うよ』

「心を読まないで。じゃあ、あなたは何者なの?」

『それも教えられない。でも……』


 少年はそう言って、少し考えたような仕草をした後、


『君が僕の条件を呑んでくれたら教えてあげる』


 そう言って、少年は先程にも増して笑みを深める。


「……条件って?」

 

『“僕を見つけて”。

 それだけ、簡単でしょ?』


「?? 何で、あなたはここに居るじゃない」

『何言ってるの。これは、幻影。この世界に僕は居ないよ』

「じゃあ、どこにいるの?」

 それが分からなければ、探しようもないし、条件を呑むかも決められない。


『君が生きていたときにいた世界だよ』

「ッ。でも──」

『君は死んでいるよね』


 そうだ、私は死んでるんだ。


『ここはね、君達が生きていた世界と死んだ人間がいる世界のまざま。境界なんだよ』

「つまり?」

 つまりどういうこと?

『君はまだ、あっちの世界に戻れるってこと』


「ッ本当?!」

 少年の爆弾発言により、思わず私は目を見開いた。

『本当だよ。だから落ち着いて。戻れるとは言っても、無傷の状態で君をあちら側へは戻してやれないんだ。それが決まりだからね』

 それでもあっちの世界に帰りたい? と少年は、私に問いかける。

「どうなったって良い。あっちの世界に戻れるのなら何でもする!」

 まだやりたいことが、いっぱいあるんだ!

『分かったよ。あちらの世界で君がどうなっているかは、戻ってみないと分からない。それに、君は僕を探しに戻るんだ。その約束を守ることを諦めたら、その時点で君はこちらの世界に戻ってくることになる』

 いいね? と少年は最終確認のように私に問い掛けてきた。

「もちろん! 当たり前でしょ!」


 そう答えると、少年は安心したように、分かったよ、といって私の体に触れた。


『あぁ、そうだ。名前を聞いていなかったね』

優波ゆうは

『分かったよ優波。じゃあ、お願いね』


 そう言って、少年は私に宇宙を詰め込んだようなガラス玉を渡してきた。

「ビー玉?」

『まぁ、そんな感じ。きっと役に立つよ』


────ッグラ。

 宇宙のビー玉をもらった瞬間、強烈な眠気が私を襲った。

 霞む視界には、優しげな表情の少年が映った。


『……よろしくね』


 頭の端の方でその声を聴きながら、私は眠りに落ちた。

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