第1話 星空の瞳
「猫の目みたい」
──あれは確か、積雲だった気がする。
雲の切れ目が猫の目みたいで、面白い。そんなことを考えていた。
「てかやばい! 遅れちゃう!!」
焦り始めてやっと自転車に鍵を差し込もうとすると、
『ニャー』
という鳴き声と共に鈴の
星空のような瞳。繊細でありながら、どこか私とは違う世界を見ているような明敏さを持ち合わせている。青みがかった銀の、毛並みの揃った背中。
綺麗だなぁ。
そう思った瞬間、私は現実に戻った。
「そうだ、急いでるんだった」
自転車のスタンドを上げて、猫のいた方をもう一度見ると、猫はとっくにいなくなってた。
自転車を走らせていると、
「そういえば、猫がいなくなるときは、鈴の音がしなかったなぁ」
なんて思ったけど、急いでいたから聞こえなかったんだろう、とあまり気にも留めなかった。
信号に停まると、やっぱりあの猫のことがしょうがなく気になった。
それにしても、あの猫の目。本当に綺麗な瞳だった。
あのときは、星空の広がる広大な宇宙に佇んでいた、長くて広い一瞬に吸い込まれていく気がして不思議だった。
鈴の音にも少し何か被せてあったような音というか、曇りがかった音が微かに聞こえたのを覚えている。
それと、猫の声にも、少し違和感があった。
僅かにかすれぎみで、一定の声の出し方しか知らないような喉。
──きっとあれは、“普通”の猫じゃない。
きっとそうだ。じゃなければ、首輪に付いているはずの鈴が、付いていないことにも、宇宙に佇む星々に吸い込まれるような瞳にも、曇りがかった鈴の音や声にも説明がつかない。
──だからといって、猫が“普通”じゃないことが何に繋がるのか。
それがわからないから、もうお手上げだ。だから、あれは夢だった。
そういうことにしておこう。
ちょうどキリがいいところで信号が青になった。
ペダルに足を乗せてこぎ出す。
──すると。
『ブブーッッ』
というクラクションと、ブレーキの音が聞こえた。
横から来たトラックを避けようとしたけど、もう遅かった。
バンパーに当たった左半身の感覚を覚えながら、そのまま地面に倒れた。
──もう痛みも何も感じない。
もう死ぬんだ、そう悟った。
絶望の中、感覚がだんだんと無くなっていいくことをもろに感じている。
耳もあまり聴こえない。
『大丈夫ですか?!』という男の人の声は僅かに聴こえるけど、もう答える気力はない。
そんな中、
『ニャー』
という、少しかすれぎみの猫の声と、曇りがかった鈴の音がはっきりと聞こえた。
あれ……さっきの猫?
まぶたの開け閉めがだんだんゆっくりになってきて、その限られた視界の中で必死になって猫を探した。
『見つかった!』
そう思っても結局、何も出来ないまま終わるんだ。
もう何でもいっか!
これから死ぬんだし。
あ、でも最後に、あの猫のこと撫でてみたかったなぁ。
それと、あの猫の秘密が知りたかった。
どうも気になるんだ、あの猫のことが。それが、唯一の心残りだ。
──眠い。もうそろそろ眠ろう。
私はそのまま夢に落ちた。
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