機巧支配の終末世界

丸井メガネ

プロローグ 出会い

「ハァ……ハァ……」

 灰色の雲に覆われた世界で、かつての大都市として栄えていた廃墟の街を少年は息を切らせながら走り続けている。

 自分を追ってくる無機質の化け物共を振り切ろうと巨大なビルの間をすり抜け、廃墟の上を飛び越える。

 しかしどれだけ走ってもどれだけ飛び回っても、無機質の兵器は少年の後ろを離れずに追いかけている。

「しつこいなこいつ! いい加減諦めろ! 」

 銀髪の少年ジルは脚に巻いてあるナイフホルダーから投げナイフをとると、後ろに迫る機甲兵に投げつける。

 ナイフは機巧兵の右肩に突き刺さると、中に仕込まれていた装置が起動し爆発する。

 右手が吹き飛んだ機巧兵は体勢を崩し勢いよくビルの上に倒れ込む。

「トドメ! 」

 ジルはすかさず機巧兵に飛びかかると、頭1つほどの大きさがあるガントレットを着けた右手で頭を叩き潰す。

 機巧兵は巨大な身体を大きく震わせると、ジルを掴もうと伸ばしていた左腕が力無く地面に落ちる。

「ふぅ……」

 ジルは完全に停止したのを確認してガントレットを離す。

 遥か昔、世界を襲った厄災『秩序の光』。たった1日にして人類の文明は滅び、人間に変わって地球を支配する種族が現れた。

 彼らの名は機巧人。人間の様に言語を話し、世界を統治する機械生命体。彼等の起源についてはその殆どが失われてしまっているが、一説によると人類が創った新たな種族という話もある。

 彼等は常に武装した状態で世界中を歩き回っており、その強さは人間の何倍もの強さを持っている。

 彼等は機皇帝という王の元に統治されており、彼の命令の下世界を統べる絶対の種族として君臨しているのだった。

 しかし、人類も座して滅ぶのを待っているわけでは無かった。

 残された人類は彼らに対抗するために、世界中の科学力の全てを集めてある兵器を作り出した。

 通称『マキナウェポン』。

 特殊な能力を兼ね備えているこの兵器のおかげで、人類は機巧人に対抗できるようになりつつあった。

 彼等は適合者と呼ばれその殆どが政府によって管理されているが、ジルのように一人で放浪している者たちもいる。

 彼が昨日この街に入ってから仕留めた機巧兵はこれで既に43体目。

 近くに強力な機巧人でもいるのか、量も質も他の場所にいた機巧兵とは一線を画している様に感じる。

 ジルは汗を拭うと、動かなくなった機甲兵の死体の心臓部からコアを取り出す。心臓と同じ役割を果たしているコアは様々な動力源に代用できる代物で、彼の使っているマキナウェポンにも必要なのだ。

 ジルは他にも必要な物を剥ぎ取ると、機巧兵の残骸を跡形もなく叩き潰す。

「この街も外れてそうだな……クレア、一体どこにいるんだい? 」

 ジルは首に下げているペンダントを開く。そこにはジルと彼の妹のクレアの写真が入っていた。

 茶色のロング髪をなびかせ、兄に抱きついているクレアは可愛らしい笑顔を浮かべている。

 5年前、機巧兵に襲われて連れ去られたクレアを探して世界中を旅しているジル。彼のその目には希望の光と、憤怒の炎が常に小さく灯っていた。

 ジルはペンダントを閉じると、ビルを降り街の外を目指す。

 暫くの間、一体の機巧人も見つからずに静かな時が流れる。

 やがて高層ビルも減り都市の郊外に入りだしたその時、街の中央付近で大きな爆発が起こる。

 爆発は一回ではなく、銃声などもまじりながら散発的に続けている。

「他にも人がいたのか!? ……とりあえず行ってみるか」

 ジルは脚につけている強化装甲を起動すると、爆発のおきた地点まであっという間に飛んでいった。


 爆発のあった都市の中央付近のビル街では、一人の少女が数体の機巧兵に追われていた。白いローブとフードを纏う少女は、人間にしてはぎこちない走りで必死に逃げている。

『逃がさん! 』

 1体の機巧兵が放ったロケットが少女の足元を吹き飛ばす。

「きゃぁぁぁっ! 」

 少女は爆風で吹き飛ばされ、ビルの壁に衝突する。しかし身体中を襲う苦痛に耐えながら、少女は逃げだそうと震えながら立ち上がる。「うぅ……あ……」

 しかし立ち上がった少女の眼前には、既に大柄の機巧兵が立ち塞がっていた。

『終わりだ』

 機巧兵は右手に持った巨大なライフルを少女に構えると引き金に指をかける。少女は恐怖で膝から崩れ落ちる。

 少女は震える手で持っている杖を強く握りしめると、祈るように兄を呼ぶ。

「助けて……兄さん……! 」


 その瞬間、ライフルを構えていた機巧兵が上から降ってきた物に叩き潰される。

「ふ〜、間に合って良かったよ。君、怪我はない? 」

 ジルは少女を庇うように立つと、残っている機巧兵に向き合う。その背中は少女にとって生き別れたはずの兄を彷彿とさせる安心感で溢れていた。

「あ、あの……」

「大丈夫大丈夫、すぐに片付けるから」

『撃ち殺せ! 』

 機巧兵達は素早く銃を構えるとジル目掛けて連射する。しかし、放たれた弾丸はガントレットから作り出された特殊なシールドによって全て弾かれる。

『マキナウェポン!? こ、こいつ、適合者か! 』

「御名答」

 ジルは敵が動揺で撃ち方を止めた隙をつき、物凄い速度で距離をつめると一撃で1体の機巧兵を吹き飛ばす。

 胴体を殴られた機巧兵は身体が2つに割れて反対側のビルまで吹き飛び、ピクリとも動かなくなった。

『こいつ、はや……! 』

 慌てて銃を構えた右隣の機巧兵は引き金に手をかけた瞬間に顔に飛んできた裏拳を喰らい勢いよく地面に叩きつけられる。

『死ね! 』

 反対側にいる2体の機巧兵が銃を撃ちまくる。ジルは大きく後方に跳躍してそれを躱すと、ホルダーから抜いたナイフを4本投げつける。

 ナイフはそれぞれ機巧兵の頭と胴体に突き刺さると、仕込まれた爆薬によって2体の機巧兵を吹き飛ばす。

 あっという間に5体の機巧兵を制圧し終えると、ジルは少女のもとに戻る。

「もう大丈夫だよ! 大丈夫だった? 」

 ジルは少女を怖がらせないように座り込んでいる彼女に笑顔で手を差し伸べる。

 少女はジルを見て一瞬震えるが、恐る恐る顔をあげる。

「あの……ありがとう、ございます……」

 少女はお礼を言うとフードをとって頭を下げる。その顔を見たジルは、驚きのあまり思考が停止する。

 瞳のない目。口の無い白くて金属質の顔。頭から生えている美しい白髪は、人のものではない様に感じる。差し伸べた手を掴んだ手の感触は人間の皮膚と変わりないが、手と腕をつなぐ関節は機械によって作られており、顔と同じく真っ白な肌をしていた。

「お、驚かせてごめんなさい! その……お礼がしたいだけなんです! 」

 少女は慌ててジルの手を離すと、一歩下がる。

「き、君は一体……? 」

「私はアリアといいます。見ての通り……機巧人です。」

 ジルは混乱した頭を何とか落ち着かせる。一瞬、彼の中にある機巧人への憤怒の炎が大きくなったが、彼女から敵意が感じられなかったためすぐに冷静になる。

「何で……機巧兵に追われてたんだ? 君達は同じ機巧人じゃないの? 」

「それが……私にもわからないんです」

 アリアは悲しそうに首を振る。表情はわからないが、その機械的な音声は悲しそうなトーンだった。

「それはどういう……? 」

「……記憶が、無いんです」

 アリアは自分の身のことをポツポツと語ってくれた。つい最近まで眠っていたこと。それ以前の記憶が無いこと。理由もわからずに機巧兵達に追われていたこと。そして、唯一覚えている目的のこと。

「兄を探す。私が唯一覚えている記憶です。兄の名前も姿も覚えてないのに……その目的だけ、鮮明に覚えてるんです」

 アリアは小さく華奢な手のひらを力強く握りしめる。その体は小刻みに震えている。

「そうなんだ……じゃあ君はずっと一人でお兄さんのことを? 」

「そうなんです。さっきはもうだめだと思いましたが、助けてくれて本当にありがとうございます」

 アリアはそう言って頭を下げると、一人で街の外に向かって歩き出す。怪我をした脚を無理に使ってぎこちなく歩くその姿に、ジルはかつての妹を見ている様な気がした。

「ちょっと待ってよアリア! 」

 ジルは早足で行ってしまうアリアを慌てて呼び止める。

 ジルは驚いて振り向くアリアの元まで走り寄ると、アリアにある提案を持ちかける。

「あの……アリアがよかったらなんだけど、僕と一緒に来るかい? 」

「えぇ! そ、そういうわけにはいきません! 私が一緒にいても足手まといですし……」

 アリアは首を横に振りながら必死に断る。しかし、ジルはアリアの手を優しく握ると優しい声で語りかける。

「なら尚更一人で行くのは危険じゃないか。僕と一緒なら安全だと思うし、それに……」

 アリアを初めて見たとき、ジルの目にはその姿が連れ去られたクレアと重なって見えたのだった。

「僕も妹を探してるんだ。5年前に連れ去られてそれっきりなんだけどね。だから似たような目的だし、良かったら一緒にいかない? 」

 ジルは照れながら再びアリアの前に手を握る。アリアは驚いて暫く呆然としていたが、やがてくすりと笑うとジルの手を優しく握り返す。

「じゃあよろしくお願いしますね! えっと〜……」

「ああ、ごめん! 自己紹介してなかったね。僕はジル、ジル・マークスさ。よろしくアリア! 」

「うん、こちらこそよろしくねジル! 」

 アリアの白い頬は、照れたのかほんのりと紅くなっている。

 彼女の正体も、力もわからないことが多い。

 しかしジルの心は不安よりも、懐かしいさと嬉しさの混ざった温かい感情に満たされていた。

 そうして彼は妹のようなアリアを連れて、長い旅路へと戻るのだった。


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