第286話 王様の資質

◇シアナside◇

「っ!?」


 シアナは、ここまでルクスとエリザリーナが会話をしているのを見ながら、ずっと耐えてきた。

 この場所からでは会話内容は聞こえないが、ルクスがエリザリーナに笑顔を向けたことに対する嫉妬。

 そして、そもそもエリザリーナがルクスと二人で景色の良いところで話しているという状況に対する怒り。

 少し前、エリザリーナが何かしらの言葉を放ったことで、ルクスがとても驚いた様子を見せた時に一体エリザリーナが何を言ったのかを今すぐにでも聞き出したいという考え。

 それでも、今飛び出すわけにはいかないという理性だけで、どうにかその場に踏みとどまっていた。

 が────たった今。

 エリザリーナが、ルクスの左手を自らの両手で握ったのを見たシアナは、我慢の限界となり。

 目を虚ろにすると、地を蹴って飛び出────そうとした、が。


「お嬢様、まだ出る時ではありません」


 バイオレットの落ち着いた声と手が、シアナの動きを止める。


「ここまでは耐えてきたけれど、もう限界よ……ルクスくんにあんな触れ方をするなんて、到底許せるものじゃないわ」

「お嬢様のお気持ちはお察し致しますが、もしエリザリーナ様があれ以上のことをなされようとしたら、私が責任を持って身柄を拘束させていただきます」

「けれど────」

「ロッドエル様の目の前で、今お嬢様がなされようとしていることを本当になされるおつもりですか?」

「……」


 冷静さを失いかけていたシアナだったが……

 バイオレットによって改めてルクスの名前を出されたことで、どうにか落ち着きを取り戻す。

 そして、飛び出そうとするのをやめると、一度瞬きをした。

 その次の瞬間には虚ろな目では無くなっており、その力強い瞳でエリザリーナのことを捉えると、声量は抑えながらも力強く言った。


「エリザリーナ姉様……王城に帰ったら、今日ルクスくんと話したこと────その全てを吐いてもらうわよ」



◇ルクスside◇

「ぼ、僕を次の王様に、ですか!?」

「そうだよ!もちろん、私からしたら、それはルクスのことが大好きで婚約したい!っていう気持ちのおまけみたいなものなんだけど、この国の将来のことを考えても私はそれが一番だと思ってるの!ルクスなら絶対、良い王様になれるからね!」


 明るい声で仰ってくださったエリザリーナ様。

 だったけど……僕の心中は、とても明るくなんてなれなかった。

 ……フェリシアーナ様に婚約のお話をいただいた時、フェリシアーナ様も────


「ルクスくんは誰よりも頑張っていて、誰よりも努力していて、誰よりも他人のために悩める優しい男の子なのよ……そして、私はそんなルクスくんなら良き領主に────いいえ、私と婚約すれば、良き王ね……私は、ルクスくんが良き王になれると確信しているのよ」

「お……王様!?ぼ、僕は伯爵家の領主になることですら今から精一杯なのに、それが王様なんて────」

「ルクスくんならなれるわ」


 こんな風に仰ってくださった。

 ……あの時、僕はこんなに真っ直ぐに僕のことを信じてくれている人の言葉を、弱気な理由で否定したくないと思った。

 だから、今すぐには無理でも、少しずつでも精進しようとあの豪華客船の時から努力を惜しまず過ごしてきたつもりだ。

 ────けど、やっぱり。


「僕より賢い人や、剣の扱いが上手な人、他にも色々とすごいことができる人はたくさん居ると思うので……僕が王様になるというのは、とても分不相応だと思います」


 これは、弱気にそう言っているんじゃない。

 あれから実際に、もしかしたら自分が王様になるかもという視点も頭の片隅に入れて過ごしてきた結果得た、僕の考え。

 この考えが変わることは、もう────と思いかけた時。

 エリザリーナ様は僕の左手から両手を離すと、手を後ろに回して言った。


「確かに、そういうのも大切なのかもしれないけど────良い王様になるためのっていうのは、そういうのじゃないよ」

「……え?」


 僕がその発言に困惑していると、エリザリーナ様は優しく微笑みながら言った。


「良い王様になるために必要な資質は、心から自分以外の人を大切に思える気持ちと、その人たちのためにどんなことをしてあげられるかを考え続けられる優しさ……それ以外の部分は、周りで支えてあげれば良いだけで、ルクスはその資質を誰よりも持ってる────だからね、ルクス」


 エリザリーナ様は右手を差し出してくると、明るい太陽の光を背にして笑顔で言った。


「私が、ルクスの隣でルクスのことを支えるから、一緒にみんなが幸せになれる国を作っていこう?」



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