第272話 慈悲
「ご主人様、と……エリナ様、お二人してベッドの上で、何をなされているのですか?」
「シ、シアナ……!」
前フローレンスさんとベッドの上で横になっているところを目撃された時のように、このままだとまたシアナのことを怒らせてしまう!
そう思った僕は、誤解を解くためすぐに口を開く。
「お、おかえり、シアナ……一応伝えておくけど、僕たちは────」
そう言いかけた時。
その言葉を遮ったのはシアナ────ではなく。
「あ!やっとルクスの力弱まった〜!」
というエリナさんの声で、エリナさんはそのまま僕と肩が触れ合うぐらいにまで距離を縮めてきた。
そして、普段と変わらない声色で言う。
「うん、やっぱりルクスも普段と比べて顔赤いんじゃないかな?一回服とか脱いで、体の方も見てあげよっか?」
「え!?あ、あの、僕は本当に大丈夫────」
「エリナ様」
「っ!?」
突然、すぐ近くから粛々とした声が聞こえたと思ってその声の方を振り向くと……
そこには、いつの間にか僕たちの目の前にまで来ているシアナの姿があった。
────全然気配を感じなかった。
僕がエリナさんの方に意識を集中させていたからかな。
なんて考えていると、エリナさんがシアナの方を向いて言った。
「シアナちゃん!おかえり〜!買い出しはもう終わったんだね〜!」
「はい……帰って来て早々で申し訳ございませんが、ご主人様から離れていただいてもよろしいですか?」
「嫌〜!」
「……」
いつになく暗い様子でいうシアナの言葉を一蹴すると、エリナさんは続けて言った。
「でも待って!これにはちゃんとした理由があるの!」
「……理由、ですか?」
「うん!もしかしたら、ルクスの体調がちょっと悪いかもしれないから、今から私がルクスの体調を確認してあげるために服を脱がせてあげようとしてたところなの!だからむしろ、シアナちゃんにはちょっと刺激が強いかもしれないから、シアナちゃんの方こそ部屋の外に────」
「ご主人様の体調を確認することが必要なのであれば、ご主人様のメイドである私がさせていただきます」
「主人を心配する気持ちはわかるけど、心配するからこそここは私に任せた方が良いと思うよ?私は医学知識も持ってるからね!」
「私もある程度の医学知識は有していると自負しております」
「……へぇ、ならどっちが────」
……今にもとんでも無く白熱していきそうな二人の言い争いを止めるなら。
「ふ、二人とも、少し落ち着いてください!」
できるだけ早い方が良いと思った僕は強引に割って入ると、続けて言った。
「確かに僕の顔は赤かったかもしれませんけど、それは別に体調不良だからという理由では無いので、そもそも僕の服を脱がせてもらう必要は無いんです」
「え〜!でも────」
「そうだったんですね、ご主人様!状況理解が足りておらず、申し訳ございません!」
僕に向けて謝るシアナに、僕は首を横に振って言う。
「ううん、シアナが僕のことを心配してくれたのは良く伝わってきたし、それも優しさだとわかってるから大丈夫だよ」
「ご主人様……」
シアナはどこか嬉しそうに呟くと、続けてエリナさんのことを一瞥してから言った。
「私は買い出しに行っていて今までエリナさんのお相手をできず、今も誤解から無礼を働いてしまいましたので、ご主人様さえよろしければエリナさんのことを私の部屋にお招きして、少しの間だけ私がお相手させていただいてもよろしいでしょうか?」
これは、シアナなりの誠意と謝意だろう。
少しだけ言い争ってしまった二人が、また前のように仲良くできる良い機会になるかもしれないし、当然僕にこれを断る理由なんてない。
「もちろんだよ、ご丁寧にね、シアナ」
「はい!少ししたら、すぐにお戻り致します!」
続けて、シアナはエリナさんの方を向いて。
「ということなので、エリナさん、今から少しの間だけ私がエリナさんのお相手をさせていただこうと思います」
「……私はそんなに気にしてないけど、ルクスも承諾したことなら、シアナちゃんとお話しして過ごそっかな〜!」
エリナさんはベッドから立ち上がって僕に手を振ると、シアナと一緒に僕の部屋のドアに向けて歩き始めた。
そして、二人で部屋を出る際。
シアナは僕に頭を下げてから部屋を出て、ゆっくりとドアを閉めた。
……二人とも、仲良くできそうな雰囲気で良かったな。
そのことに安堵しながら、僕は二人が戻ってくるまでの間、自分の淹れた紅茶でも飲みながらゆったりとした時間を過ごすことにした。
◇フェリシアーナside◇
「じゃあシアナちゃん!二人でどんなお話し────」
シアナの部屋に招かれたエリザリーナが言いかけた時。
シアナはエリザリーナの首元に剣を突きつけると、目を虚ろにして無機質な声で言った。
「実の姉である慈悲よ、今すぐ死ぬか苦しんでから死ぬかだけ選ばせてあげるわ……エリザリーナ姉様は、どちらの死に方が良いかしら?」
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