第266話 話術
「エ、エリナさん!?」
ルクスも、扉の先に居るのがエリザリーナ、もといルクスにとってはエリナだとは思ってもいなかったのか、驚きの声を上げると続けて言った。
「商業体験ぶりですね!でも、今日は突然、それもこんな時間にどうしたんですか……?」
────良い質問よ、ルクスくん!
もしこの質問をシアナからエリザリーナに向けてしていれば間違いなく警戒されていただろうが、純真なルクスからの質問。
これなら何も疑われることなくエリナの目的を聞き出せると踏んだシアナは心の中でそう言うと、エリナは聞かれたことに答えた。
「別にどうしたってほどのことでも無いんだけど、ちょっと近くで用事があったから、ルクスと会って話したいな〜って思ったの!」
────間違いなく嘘ね……エリザリーナ姉様にとって重要な日の前日にわざわざそんな用事なんて入れるはずがないし、用事があったのが事実だとしてもそれがこのロッドエル伯爵家の近くだったなんて都合が良すぎるわ。
「前また近いうちに来るって言ったから良いかなって思ったんだけど、いきなりで迷惑だったかな?」
だが、当然エリザリーナの発言が嘘であることなど全く知らない、全く考えていないルクスは、エリザリーナの問いに首を横に振って言う。
「まさか!迷惑なんてことあるはずもありません!むしろ、エリナさんにはこの間の商業体験の時に、接客のことや揉めてしまった人への対処でたくさん助けていただいて、本当に感謝していたんです!」
「あんなことで感謝なんてしなくて良いよ?私はルクスの友達として当たり前のことをしただけなんだから」
「エリナさん……!ありがとうございます!」
エリザリーナの言動の裏に、ルクスと結ばれたいという願望があると考えたら、それだけでシアナは気分が悪くなりそうだったがどうにかそれを表には出さない。
そんな葛藤を胸のうちに抱いていると、エリナはそんなシアナに少し口角を上げて話しかけてきた。
「シアナちゃんは、前私がこの屋敷に来た時以来だね〜!ちゃんとルクスの従者としてルクスのこと支えてあげてた?」
女性ではなく、あくまでも従者であることを強調するエリザリーナ。
に対して、シアナも負けじと返事をする。
「はい、ご主人様のことを誰よりも傍で支える者として、日々尽力させていただいております」
「……」
「……」
それから、二人が静かに視線を交わらせていると、ルクスが優しい声色で言った。
「こんなところで立ち話も何なので、良ければ屋敷の中に入りますか?」
そんなルクスの声を聞いたエリナは、シアナに向けていた目と同一人物とは思えないほど目を輝かせて言った。
「良いの!?」
「もちろんです」
「ありがと〜!」
そう言って、エリザリーナのことを屋敷に招いたルクス……だったが。
続けて、何かを思い出したように、シアナの方を向いて言う。
「あ……今からまた前みたいに三人で、と思ったけど、シアナは今から買い物なんだったっけ?」
「あれ、そうだったんだ〜!」
そのルクスの言葉に、嬉々として反応するエリナ。
シアナが今日買い物に行くと言うのは嘘で、実際は王城に居るであろうエリザリーナの元へ赴こうとしていた。
が、予想外にもエリザリーナがこうしてこちらに来た以上、もはやそんな嘘を吐く必要も無い。
「その予定でしたが、急を要するものではないので、エリナ様のことをご優先させていただきま────」
「え〜!いいよいいよ!私のせいでシアナちゃんに迷惑かけちゃうなんて絶対に嫌だから、買い物行っておいで!」
楽しそうに、一見すれば優しい言葉を掛けるエリザリーナ……だが、シアナの受け取り方は当然そうではない。
────エリザリーナ姉様……ただルクスくんと二人きりになりたいだけのくせに、よくそんなことが言えるわね。
と思いながらも、そのことは表には出さず、シアナとして返事をする。
「いえ!ご客人が来ていらっしゃると言うのに、その方のお相手をしないわけには参りません!」
「私のことなんて気にしなくて良いよ!いきなり来た私のせいでシアナちゃんの予定が狂っちゃう方が悪いし、シアナちゃんの買い物が終わったら三人で一緒に楽しくお話しとかしよ?ルクスもそれで良いよね?」
「エリナさんがそう仰ってくださるのであれば、もちろん問題無いです!シアナ、頼りないかも知れないけど、エリナさんのことは僕がしっかりお相手しておくから、買い物を済ませておいで」
「ご、ご主人様が頼りないなどということはありません!私はただ────」
「シアナちゃんは優しいね〜!でも、そんな優しいシアナちゃんだからこそ、私は気なんて遣って欲しくないから、本当に私のことなんて気にせず行ってきて!」
────本当に今この場で斬り伏せても良いかしら、良いわよね?
という、危うい思考になりそうなシアナだったが。
ルクスの前で物騒なことをするわけにはいかないと自らに言い聞かせ、どうにか心を落ち着ける。
この状況でも屋敷に残りエリザリーナの相手をしたいと言うのは、ルクスを頼りないと表明することだけでなく、表面上は優しくして来ているエリザリーナの優しさをも無視することになってしまう。
そんなことになれば、ルクスからの印象が悪くなってしまうかも知れない。
完全に、エリザリーナの話術によって場をコントロールされてしまったことを悔しく思いながらも、シアナは言う。
「……わかりました、そういうことでしたら、私はお言葉に甘えて買い物に赴かせていただこうと思います」
「ありがとう、シアナ」
「頑張ってね〜!シアナちゃん!」
「……」
笑顔で手を振ってくるエリザリーナに、最後の最後まで殺意の目を向けたシアナは、二人に背を向けると屋敷の外へ向けて歩き出す。
────屋敷内にはバイオレットが居るから、最悪の事態になることは防げるでしょうけれど……エリザリーナ姉様の狙いがわからない以上、完全に安心することはできないわね。
馬車に乗ると、シアナは矛盾が生まれないように、街へ買い物に赴くことにした。
そして、馬車に乗っている間。
シアナは、あれだけ強引にルクスと二人になってエリザリーナが何をしようとしているのか。
そのことに、思索を巡らせていた────
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