第265話 渦中の人物

◇フェリシアーナside◇

 エリザリーナの言うその時、の前日。

 ルクスが貴族学校に帰って来てから少しした頃。

 シアナは、自室で目の前に居る革製の黒のフード付き黒コートを着ているバイオレットに向けて言う。


「バイオレット、今日することは単純だけれど、一応事前に振り返っておくわよ」

「はい」

「おそらく、王城で周りに護衛を固めているであろうエリザリーナ姉様の護衛を、私とあなたの二人で突破して、エリザリーナ姉様の身柄を拘束することができたら、エリザリーナ姉様に企みを聞き出してその企みを阻止する」

「そして、もし聞き出すことが叶わなければ、そのまま拘束し続ける……ですね」

「その通りよ」


 一見シンプルで簡単な作戦にも思えるが、エリザリーナは頭脳が優れている人物。

 シアナとバイオレットが、エリザリーナの言うその時の直前に何かを仕掛けてくる可能性を読んでいるのか、エリザリーナの直属である兵士を普段とは違う動かし方をさせていた。


「ここ数日の王城内を拝見したところ、エリザリーナ様の部屋を中心としてかなりの数の兵士が警備を行っているようです……ですが、それも私とお嬢様を相手取ると考えれば、妥当な数だと考えられます」

「妥当?冗談でしょう?」


 続けて、シアナは力強い声で言った。


「何人の兵士が居たところで、私とあなたの敵にはならないわ……そうでしょう?」

「そうですね……失言でした」

「わかっているのなら良いわ……ラーゲ一派が壊滅したとはいえ、まだルクスくんにあなたを付けないわけにはいかないから昼にエリザリーナ姉様の元へ行くことは避けたけれど、屋敷ならルクスくんも安全でしょうし────早速、エリザリーナ姉様のところに行くわよ」

「承知しました、お嬢様」


 そして、二人で部屋から出て、玄関までやって来た────その時。


「あ、シアナ!」


 バイオレットが、同じく玄関へやって来たルクスの目に映らないように姿を消すと、シアナはルクスの方を向いて言う。


「ご主人様!どうなされたんですか?」

「ちょっと勉強が落ち着いたから、外の空気を吸おうと思って……シアナはどうしたの?」

「私は、少々買い物に行こうと思っていました!」

「そうなんだ……もう外も暗くなってるから、気を付けてね」


 ────あぁ……!ルクスくん、なんて優しいのかしら!ルクスくんにこんな優しい言葉を掛けられてしまったら、相変わらず変に口角が上がってしまいそうになるけれど、ルクスくんに変に思われないためにも耐えるのよ私!


「はい!」


 ルクスに胸を打たれたシアナが、心の中でそんな葛藤をしていることなど露知らず。

 ルクスは、少なくとも表面上はいつも通りなシアナのことを見て、優しく微笑んだ。

 その優しい微笑みに、シアナはまたも思わず胸を打たれそうになった────が、直後。


「……ん」


 屋敷の扉がノックされた。


「こんな時間に……誰だろう」


 思い当たる節が無いのか、少し困惑したように言うルクス。


「……」


 シアナは、つい先日バイオレットがフェリシアーナの侍従としてこの屋敷に来たときと同じような感覚に陥るが、この扉の先に居る相手は間違いなくバイオレットではない。

 ────それなら、一体誰だと言うの?


「わからないけど、とにかく開けてみるね」


 優しい声色で言うルクスとは反対に、もしかすればルクスの好成績を恨む誰かの刺客である可能性も警戒するシアナ。

 だが、そんな警戒は全くしていないルクスが扉を開けると、その扉の先から姿を見せたのは……


「ルクス〜!数日ぶりだね〜!」


 エリナ……正確には、渦中の人物であるエリザリーナだった。


「……」


 ────自分から、私の居る場所に赴いたというの……?何が目的で……?

 エリザリーナの理解できない行動に、シアナは心から動揺していた。

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