第262話 嫉妬心
しばらくの間、僕のことを抱きしめてきたバイオレットさん。
やがて、僕のことを抱きしめるのをやめると、口を開いて言った。
「ロッドエル様、突然抱きしめてしまい大変申し訳ございませんでした」
「い、いえ!だ、大丈夫です!!」
突然のことに驚いたり、色々と当たっていてそこは恥ずかしかったりもしたけど……
バイオレットさんに抱きしめられること自体に関しては、少なくとも不快感なんていうものは感じないため、僕は余計な心配を与えないよう慌てて返事をした。
「ありがとうございます……では、私はそろそろ帰らせていただこうと思います」
「え?もうですか……?」
バイオレットさんがこの屋敷に来てから、まだそれほど時間は経っていないと思うけど……
「はい、本当はもう少し長居させていただこうと思いましたが────」
僕から視線を外して僕の後ろを見た後で、バイオレットさんはもう一度僕に視線を戻して言った。
「そろそろ、私は帰った方が良さそうですので」
「そうですか……わかりました」
本当ならもう少しお話ししたかったけど、フェリシアーナ様の侍女という、相当忙しいであろう立場であるバイオレットさんのことを引き止めることはできない。
「それと、余談ですが、お嬢様が昨日ロッドエル様から購入したというお花を、とても大切そうに王城の自室に生けていましたよ」
「え!?そ、そうなんですか!?」
「はい、お花を生けることなど私にでも任せれば良いものですが、お嬢様はご自分でしておられました」
フェリシアーナ様が……!
「嬉しいです!フェリシアーナ様に、ありがとうございますとお伝えしていただきたいです!」
「お嬢様はこのようなことで感謝など求められないと思いますが、お伝えしておきますね」
「ありがとうございます!」
その後。
僕とシアナは、屋敷から去って行くバイオレットさんのことを見送ると。
二人で屋敷の中に入って、軽く話をしてからそれぞれの自室へと戻って行った。
◇フェリシアーナside◇
「バイオレット」
自室に入ったシアナは、普段よりも語気を強めてバイオレットの名前を呼ぶ。
すると────
「はい、お嬢様」
シアナの前に、いつの間にか黒のフード付き黒コートの姿に着替えているバイオレットの姿があった。
「はい、お嬢様……じゃないわよ!今日のあの勝手な行動はどういうことかしら!?」
「申し訳ございません……しかし、失礼ながら、その件は先ほどのことでお許しいただけたのでは無かったのでしょうか?」
先ほどのこと、というのは。
怒るシアナにバイオレットが耳打ちをした時のことで、その内容が『ここで少しの間私にロッドエル様とお話しする時間を譲ってくださるのであれば、お嬢様の印象がより良くなるお話もロッドエル様にお伝えします』というもので、バイオレットはしっかりとそれを実行した。
因みに、話の内容は嘘ではなく、本当にシアナは王城の自室に自らの手でルクスから購入した花を生けている。
「確かに、ルクスくんが私の話で嬉しそうにしているのを見れたのはとても良かったけれど、だからと言って抱きしめて良いとまでは言っていないわ!私が制止しても続けていたのはどういう了見かしら!?」
「私も本日はあそこまでする予定は無かったのですが、ロッドエル様のお話を聞くと思い止まれず……本当に、申し訳ございません」
「……はぁ、もう良いわ、過ぎたことを言っても仕方ないもの」
それに、ルクスを前に自制ができなくなる気持ちはよくわかる、と心の中で付け加える。
「それよりも、今はエリザリーナ姉様のことよ……準備はできているわね?」
「抜かりなく」
「結構よ……あなたは、少しこの部屋で待機していなさい」
「承知しました」
そう言うと、シアナは自室を出て、ルクスの部屋へと向かう。
「……」
過ぎたことを言っても仕方がない、とは言ったものの────シアナの嫉妬心も、やはり、そう簡単に抑えられるものでは無かった。
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