第261話 唯一
どこか不安そうに聞いてくるバイオレットさんに、僕は即答した。
「もちろん、あると思います」
「……」
僕が即答したことか、答えた内容、もしくはその両方に驚いたのか。
バイオレットさんは目を見開くと、続けて聞いてきた。
「何故……そうお答えになられたのですか?」
自分の中で何故、と問うまでもなく自然に出た答えだったから、上手く言葉にできるかわからないけど、僕はどうにか頭の中で言葉を紡ぎながら答える。
「そもそも、愛したいとか愛されたいという感情は、権利があるものじゃなくて恋愛感情を抱いたならごく自然のことだと思うんです」
「しかし、その男性のことを好いているのはその侍従だけでなく、容姿や地位も優れた女性たちなのですよ?」
さらに、バイオレットさんは言葉を続ける。
「そのような方々から求められている貴族の男性に一人で立つこともできない侍従の身でありながら愛を願うなど、本当に許されることなのでしょうか?」
「はい、当然です……愛と侍従であることには何の関係も無いと思います」
「関係無いはずが────」
「それに、バイオレットさんと同じような……ということは、今の話の侍従の方はバイオレットさんと同じぐらいに優しい方なんですよね?だったら、尚のことそこに権利とか、身分の違いなんていうものは関係無いと思います」
好きになった人を愛したい。
好きになった人に愛されたい。
そう思うのは自然なことで、決して否定されないといけないことじゃない。
……というか。
「むしろ、バイオレットさんのような素敵な女性にそんな感情を抱いていただけるなら、きっとその男性も幸せだと思いますよ」
「っ!……私のような侍従がその男性に愛を願うことで、その男性が幸せ……ですか?」
「はい……僕一人だけの意見なのであまり重みが無いかもしれませんけど、少なくとも僕はそう思います」
僕がそう言うと、バイオレットさんは僕の言葉を否定するように首を横に振って言った。
「いえ……この話はロッドエル様のお言葉によってのみ、唯一意味を持つものなので、その点の心配は要りません」
「そ、そうなんですか?」
「はい……そして、ロッドエル様────」
次の瞬間。
バイオレットさんは、僕のことを抱きしめてくると、僕の耳元で優しい声色で言った。
「本当に……ありがとうございます」
「え、えっ!?」
あ、ありがとう……?何の話だろう……
というか、分厚い黒フード付きの黒コートの服じゃ無いから、抱きしめられるとバイオレットさんの大きな胸の感触が────
「バイオレット!?様!?」
大きな声を上げたシアナが勢いをつけて席に立つと、僕たちの方に近づいて来ながら言った。
「バイオレット様!ご主人様に何をしているのですか!離れてください!」
「シアナ様……申し訳ございませんが、あと少しだけこうしていることをお許しください」
「なっ……!」
シアナが驚きの声を上げると、バイオレットさんはシアナには聞こえない声で囁くように言う。
「ロッドエル様……私はこれまで何度も、あなたに……」
「……バイオレットさん?」
「いえ……お嬢様が想い、そして私が────」
言いかけたバイオレットさんは、その言葉も続きは言わず、僕のことを抱きしめる力を少しだけ強めた。
「バイオレット様!ご主人様から離れてください!!」
「……」
それから、シアナは僕とバイオレットさんのことを引き離そうと悪戦苦闘していたけど……
バイオレットさんは全く動じることなく、僕のことを抱きしめ続けた。
僕としては、二人きりでも恥ずかしいのにシアナの目の前で誰かに抱きしめられるなんて余計に恥ずかしかったから、そういう面で言えば離れて欲しかったけど────バイオレットさんから伝わってくる、温かい感情を思えば……そんな気持ちも薄らいで行った。
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