第260話 侍従

「え!?ぼ、僕が婚約するなら、ですか?」

「はい」


 フェリシアーナ様とフローレンスさん。

 そのお二人から婚約のお話を頂いているということもあって、婚約という言葉に過剰に反応してしまった。

 けど、僕はそのお二人のどちらのお話を受けるかの答えを、自分一人で出すまでは他の誰にも相談しないと決めている。

 だから、この場に居るシアナに、少しでも僕が誰かから婚約のお話を受けていることを悟られないように。

 過剰な反応は、どうにか抑えよう。


「……」


 というか、シアナは僕のこういう話に興味があるのかな。

 今までシアナには婚約に関する話を避けてきた僕は、何となくいざ僕とシアナが居る場で婚約の話題になった時にシアナがどんな反応を見せるのか気になってバイオレットさんからシアナの方に視線を移動させると────


「っ!?」


 シアナは、目を輝かせて。

 もっと言えば、前のめりになって今か今かと次の僕の言葉を待っている様子だった。

 こ、これは……どういうことだろう。

 シアナも女の子だし、人並みにこういう話が好きなのかな……?

 そこから、さらに思考を巡らせそうになった僕だったけど、今は目の前のバイオレットさんに意識を戻し。

 色々と気になることはあったけど、とりあえず心から思ったことをそのまま口にする。


「僕は、優しい方であれば、それだけで満足です」


 どのような女性と婚約したいのか、という問いに答えたつもりの僕だったけど────


「……」


 バイオレットさんは、どこか反応に困ったように沈黙していた。

 そんなバイオレットさんのことを見て、僕は慌てて言う。


「す、すみません!優しい方、なんて単純というか、簡潔すぎましたよね!もう少し他にも何か話したほうが良いですか……?」


 僕がそう聞くと、バイオレットさん。

 ではなく、シアナが口を開いた。


「是非!お聞きした────」


 何かを言いかけたシアナだったけど……いつの間にか。


「シアナ様、お口元に何かが付いておられるようです」

「っ……!」


 僕の隣から姿を消していたバイオレットさんがシアナの元まで行くと、その口元を覆うようにしてハンカチで口元を覆っていた。

 そして、バイオレットさんは、僕には聞こえない声で何かをシアナに耳打ちすると、やがてシアナの口元から手を離し僕の隣まで戻ってくる。


「……シアナ、何か言いかけてたみたいだったけど何を言おうとしてたの?」


 僕が気になったことを問いかけるも、シアナは首を横に振って笑顔で。


「いえ!何でもありません!今はどうか、バイオレット様のお話をお聞きください!」

「そ、そう」


 よくわからないけど、シアナがそう言うならそれで良いだろう。

 ということで僕が改めてバイオレットさんに意識を戻すと、バイオレットさんが僕に向けて申し訳無さそうに言った。


「こちらから聞いたことだというのに、先ほどは沈黙などしてしまい申し訳ございません……ロッドエル様が心から、優しい方であればそれだけで満足だとお考えなのは重々承知ですが、私の質問の仕方が悪かったようですのでもう一度お聞きさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「もちろんです!」


 頷いて答えると、バイオレットさんは少し間を空けて言葉を選んでいる様子で話し始めた。


「これは仮の話ですが、もしどこかに私と同じような侍従の女性が居たとして……ある日、その侍従はとある貴族の男性に恋愛感情を抱いてしまったのです」

「恋愛感情……」

「……そのお相手の方は自らの主人では無かったので形式上はそこまで複雑ではありませんでしたが、その男性は溢れ出る優しさや輝きで多数の女性を魅了しているお方だったのです」


 多数の女性を……仮の話だとしても、すごい男性だ。


「そのような男性に惹かれる方は、どなたも自らの足で立ち、自らの意思を最優先として動いており、とても眩しい方々です……が、その侍従はそうではありません」

「……そうではない、ですか?」

「はい、その侍従は自らの足で立っているのではなく、自らのお支えしている光輝かしい主人の影でのみ立つことができるのです」

「……」

「そこで、ロッドエル様に改めてお聞き致しますが────ロッドエル様は、その侍従に今話した男性のことを愛し、愛されたいと願う権利はあると思いますか?」

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