第258話 矜持

 三人で庭へと向かう道中。

 シアナは、隣を歩くバイオレットに視線を送って心の中で言う。

 ────私に許可を取らずにこんな行動を取って……おそらく、バイオレットはルクスくんと仲を深める、もしくは自らのことを女だと意識させたいのでしょうけれどそうはいかないわ。

 今日は本来、シアナがルクスと二人きりで過ごす予定だった日。

 特段何か二人の関係に進展を生むような日では無く、だからこそバイオレットもシアナの許可を取らずに行動を取っているのだろうが……

 シアナにとっては、そんなことは関係無い。

 ────ルクスくんと過ごすことのできる時間は、私にとっては全てが特別な時間……それを許可も取らずに無くしたことを、後悔させてあげるわ。


「ここが、ロッドエル伯爵家の庭です」

「とても綺麗な場所ですね」

「そうですよね!ここはシアナが手入れしてくれているんですけど、本当に丁寧にしてくれていて、僕も来るたびに目を奪われてシアナに感謝してるんです!」

「私は、ご主人様に仕えるものとして当然のことをしているだけなので、感謝など身に余ります……!」

「ううん、いつも本当に感謝してるよ、ありがとう、シアナ」


 そう言って、ルクスが優しい笑顔を向けてくる。

 ────ルクスくん……!あぁ、なんて素敵な笑顔なのかしら!愛しているわよ、ルクスくん!

 胸を打たれたシアナが心の中でそう叫んでいると、ルクスは目の前にある椅子に座った。

 すると、バイオレットがルクスに聞く。


「ロッドエル様、よろしければ、本日は私が紅茶を淹れさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「え!?バ、バイオレットさんが……僕たちの方こそ、良いんですか?」

「はい、それこそが侍従の務めですから……さぁ、シアナ様もどうぞお座りください」


 そう言って、シアナに座るよう促してくるバイオレット。


「わかりま────」


 と、口調は変えているものの。

 いつものように立っているバイオレットを置いて座ろうとしたシアナ……だったが。

 バイオレットが紅茶を淹れるという言葉を思い出し、足を止めて思考する。

 ────そういうことなのね……バイオレットは、得意の紅茶でルクスくんのことを掴もうとしているんだわ。

 危うくバイオレットの策に乗りそうになってしまった自分を省みつつ、そうはさせまいと口を開いて言う。


「いえ、ご主人様は私のお仕えしているご主人様なので、紅茶を淹れて差し上げるのであれば私が淹れて差し上げます!」

「ロッドエル様にお仕えしたいと考えているのはシアナ様だけでなく、私もなのです」


 もしシアナとルクスが結ばれた時には、正式にバイオレットの使えるべき相手はシアナとルクスの二人になるだろう。

 その点で言えば、バイオレットがルクスに仕えたい、もっと言えば仕えるべきと考えているのはあながち間違いではない。

 ────けれど……今は、まだそうはさせないわ!


「バイオレット様は本日お客人なので、やはり紅茶を淹れていただくわけにはいかないと思います……なので、どうかお座りください」


 シアナの意図としては、無許可でこんな行動を取っているバイオレットのことを、ルクスに女性として意識させたく無いというもの。

 だが、一見すれば常識的、かつ相手を慮った発言であるため────


「あ……確かに、そうだね」


 この意見には、ルクスが同意してくる。

 感情でものを言わず、論理的思考でものを言うバイオレットのことを、論理と状況、ルクスを味方に付けたということで抑え込むことができた。

 それにより、シアナは勝利を確信する。

 ────あなたは確かに優秀で才能もあるけれど、やっぱりこんな計画も無い突飛な行動は合わないわね。

 シアナは別に、バイオレットの幸せを邪魔したいわけではない。

 むしろ、誰よりもバイオレットの幸せを願っていると言ってもいい……それでも。

 ────ルクスくんのことは、あなたにも譲らな……

 と思いかけた時。


「っ……!」


 もう何も反論する手筈など無いと思われたバイオレットは、凄まじい風格のようなものを放ちながら重たい声色で言った。


「申し訳ございませんが、私のに賭けて、私の目の前でシアナ様に紅茶を淹れさせるようなことはできません……もし座していただけないと仰るのであれば────無理矢理にでも、座していただきます」


 そこにあるのは、ルクスに紅茶を淹れたいという感情。

 に加えて、とても大きな────第三王女フェリシアーナに仕えている侍従として、主人に自らの紅茶を淹れさせるわけにはいかないという矜持だった。

 第三王女フェリシアーナへの忠誠心とルクスへの愛を知ったバイオレットのことは、もはや────シアナにも、予測することができない。

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