第251話 いずれ

◇ルクスside◇

 今僕と話をしている目の前の男性は、僕にとって難しい性格をしている。

 加えて、腰には剣を携えていたため、あまり怒りを買わないように、だけどこの人の言い分を聞き入れることもできないでいると……


「────そろそろ、上の爵位のものに敬意を払うということすら知らない子供と話すのは疲れた……この件は、然るべき場で報告させてもらうとしよう、公爵に対し不敬を払う伯爵家の人間が居る、とな」

「えっ……!?」


 僕が驚くと、目の前の男性は口角と眉を上げて言った。


「当たり前だろう?公爵の私に花の一本も売れないなど、問題にするなという方が難しいと思わないかね?」

「ですから、お売りできないわけではなくて、後少し待ってもらえれば────」

「伯爵家の子供と私のような公爵家の大人では、後少しの時間の価値が違うのだよ……だが、うむ、そうだな」


 一人で何かに納得したように頷くと、男性は腕を組んで言った。


「今すぐ私に謝罪して、花を売ると言うのなら今回の件はなかったことしてやってもいいぞ?」

「っ……!」


 今回の商業体験では、売上順位というものが後日出されるらしいから、売上というものはとても重要になってくる。

 そんな中で、もし僕がその売上を、本来商品を売ることが禁じられている昼休憩の時間に上げたりしたら……

 不正行為として問題となって、おそらく僕……

 そして、僕とペアになってくださったフローレンスさんまでもが、強制的に売上順位というものから除外されてしまうだろう。

 それによってフローレンスさんにまで迷惑はかけたくないし、そんな前提が無かったとしても、取り決めを守っているだけなのに謝罪することなんてできない。

 僕は、どうすれば────


「失礼する」


 悩んでいると、先ほどまで後ろの壁際に立っていたレミナさんが、目の前に居る男性の隣に姿を現してそう言った。

 男性は、突然のことに動揺した表情になると、口を開いて言う。


「な、なんだ君は!今、私が話をしているのが見えなかったのかね!割って入るとは、君も公爵である私を侮辱す────」


 言いかけたとき。

 男性は、レミナさんの服に視線を送って言った。


「良い服であるな……公爵、もしくは侯爵家の人間か?」

「良い生まれであることは否定しない」

「ほほう……これは失礼した、なら、貴殿も聞いていかれよ、この伯爵家の────」

「話を聞くのは結構だが、この場所では不都合がある、場所を変えないか?」

「確かに、こんな平民に不愉快な伯爵家の子供が居る場は、我々には相応しくない……我々のような高貴な人間に相応しい場に行くとしましょうかな」


 そう言うと、男性は上機嫌にこの露店前に背を向けて歩き出した。

 今の会話を聞いていた僕は、すぐにレミナさんに言う。


「レ、レミナさん!あの人と二人きりになるなんて、大丈夫なんですか……?」


 僕が心配して聞くと、レミナさんは僕の方を向いて凛々しい表情で頷いて言った。


「当然だ……私が、あの者に遅れを取ると思うか?」

「それは……思いません」


 以前見たレミナさんの動きを思い出しながら答えると、レミナさんは続けて優しい声色で言う。


「あの者のことは私の方で対処しておく、君は今自らのすべきことに集中してくれ」


 それと、と続けて。


「花の件だが……やはり、購入は控えさせてもらう」

「えっ!?ど、どうして────もしかして、昼休憩で僕がお花をお売りすることができなかったからですか!?」


 だとしたら、本当に申し訳ない……

 と思ったけど、レミナさんは小さく首を横に振って言った。


「そうじゃない、……だから、少なくとも今日は、君から花を受け取るわけにはいかない」


 必要が無くなった……?

 やっぱり、どうしてなのかは僕にはわからなかった……けど。


「今日はこれで別れとなってしまうが、いずれ、また必ず君の元へ、君の隣へやって来る……だから、その時を待っていてくれないか?」


 その表情はどこまでも澄んでいて、優しかった。

 当然、僕の答えは決まっている。


「はい!」


 頷いて返事をすると、レミナさんは優しい表情で小さく口角を上げて、僕の顔に自らの右手を添えた。

 レミナさんから、とても強いが伝わってくる。

 その何かの正体はわからないけど……それは、とても温かいものだった。

 やがて、レミナさんは僕の顔から自らの手を離すと、僕に背を向けて歩き出す。

 その背中からは、先ほどまでは感じなかったいつものレミナさんと同じ……

 ううん。

 ────その背中からは、今まで以上に凛々しさや存在感、風格のようなものが感じられた。

 少し元気が無いのかなと思って心配してしまったけど、あの様子ならもう心配は要らなさそうだ。

 改めて、本当にすごい人だなと感じながらも、僕は自らの顔に手を当てると、小さな声で呟いた。


「あの温かい何かは、一体、何だったんだろう────」

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