第250話 選択の刻

◇ルクスside◇

「────ロッドエル、この商業体験はどうだ?君のためになっているか?」


 壁際の方に寄って二人で話していると、途中でレミナさんがそんなことを聞いてきた。


「はい!とても学ばせていただいています!」


 今日までも商業体験ではたくさんのことを学べるんだろうと楽しみにしていたけど、いざ実際に体験してみると本当に学ぶことが多い。

 お金を介して話すことによる普段とは違うコミュニケーションだったり、突発的なトラブルへの対処。

 そして何より────商品を購入してくれた、お客さんの笑顔。

 他にも色々と要因はあるけど、特にあのお客さんの笑顔のおかげで、僕はもっと頑張ろうと思える。

 このことはきっと、この商業体験だけじゃなくて、僕の今後にも大きく関わってくることだから、深く胸に刻んでおかないといけない。


「君がそう感じているのなら、何よりだ」


 そう仰ってくださったレミナさん……だけど。

 やっぱり、いつもに比べてどこか覇気が無いというか、いつものレミナさんから感じる圧倒的な力強さや凛々しさを感じない。

 でも、そんなことは言っていても仕方ないから、僕は普段通り自然に話そう。


「それにしても、レミナさんが来てくださるとは思っていなかったので、驚きました……今日はどうして街へ来たんですか?」

「無論、君に会いにくるためだ」

「え……!?」


 ぼ、僕に会いに来るため!?


「何をそんなに驚くことがあるんだ?」

「てっきり何かのついでだったり、たまたま通りすがっただけだと思っていたので……」

「君は、私の中での君という存在を過小評価しているようだな……君は、私にとって主目的となるには十分過ぎるほど大きな存在────」


 言いかけたレミナさんは、一瞬言葉を止めると、再度続けて言った。


「大きな存在……だからな」


 それから、ただの会話の間というわけではなさそうな沈黙が生まれたけど、僕は今レミナさんが仰ってくださったことに対して抱いた気持ちを口にする。


「レミナさんがそんな風に仰ってくださって嬉しいです!今日は、来てくださって本当にありがとうございます!お昼休憩が終わったら、一番最初にレミナさんにお花をお売りしますね!」

「あぁ、ありがとう……一つ疑問なのだが、君は私が今日この場に来たことを、喜ばしいことだと感じてくれているのか?」

「もちろんです!」

「っ……!」


 迷い無く、ハッキリと頷いて答えると、レミナさんは咄嗟に顔を俯けた。

 そして、僕には聞こえないほど小さな声で何かを呟く。


「諦めると決めたのに、どうして私は……どうして、君は……」

「レミナさん、どうし────」


 あのレミナさんが顔を俯けるという、普段では絶対に取らない行動を取ったため、僕が声をかけようとした……その時。


「何をそんなところに突っ立っているのだね、私は客だぞ、早く接客したまえ」


 突然、露店前から男性に声をかけられた。


「す、すみません、レミナさん、すぐに戻るので少しここで待っていてください!」


 僕は、レミナさんに断りを入れてから壁際を離れると、露店手前に立って男性との会話を始めることにした。



◇レザミリアーナside◇

「私は……」


 一人になったレザミリアーナは、自らの感情を見つめる。

 国のためにルクスのことを諦めなければならないとわかっている……が。

 ルクスの明るい笑顔が頭から離れず、ずっとルクスに隣に居て欲しいと願う自分が居る。


「私という人間は、こんなにも身勝手だっただろうか……」


 今まで、何よりも国のことを優先して、国のために生きてきたレザミリアーナ。

 だが、今はそのことに迷いが生じしてしまっている。


「そんなことがあってはならないと、わかっているのに……」


 それでも、ルクスのことを諦めきることができない。


「国と、ロッドエル……私は、どちらを────」


 レザミリアーナがそう考えていると、ルクスの向かった露店の方からルクスともう一人の男性の声が聞こえてきた。


「申し訳ないんですけど、今はお昼休憩中なので、休憩時間が過ぎるまでは商品をお売りすることはできな────」

「休憩中だと?公爵の私が出向いてやっているというのに、君はその私を差し置いて、休憩するというのか?」

「差し置いて、というか、そういう取り決めで……」

「だからなんだというのだね?公爵の私に対しては、取り決めなど破るほどに忠義を尽くすのが正しいのではないか?」

「それは、また別の話では────」

「この私に口答えまでするというのか……面白い、なら────」


 それからも、男の乱暴な言葉に、明らかに困った様子で対応しているルクスの声が聞こえてくる。

 レザミリアーナは、その男が誰であるのかを知っている。

 その男とは、ラーゲ一派の一人で、公爵の人間だ。


「……このまま、ロッドエルが困っているのを見過ごすのか?」


 そんなことはしたくないと、感情が告げている。

 ────だが、奴は今、何か罪を犯しているわけではない。

 精々が迷惑客と言ったところだろう。

 なら、今レミナにできることはない。


「……」


 それでも、ルクスが害されているのは事実であり……

 以前の襲撃の件から考えても、あの男は今後、直接的にもルクスのことを害そうとするだろう。


「……そうか」


 ────国や法では、ロッドエルのことを守ることができない。


「が、その


 ────法とは、国を……そして、そこに住まう民を守るためのもの。

 しかし。


「ロッドエルのことを守るのは、法では無くだ……そして、お父様は王族や公爵の人間と結ばれることこそが国のためだと言っていたが────」


 それも違う。


「どんな王族、公爵の人間と結ばれるよりも、ロッドエルと結ばれた方が間違いなくこの国のためになる」


 これは、他国交渉などを通して他国の王族や貴族とたくさん接してきた経験のある、レザミリアーナだからこそ言えること。

 ────国とロッドエルのどちらかではない……私は両方を愛し、両方を守り抜く。

 続けて、ルクスの背中を見ながら、優しい声色で言う。


「だがロッドエル、やはり君は私にとって特別だ」


 ────君のためなら、私はどんなことでもできる……今なら、そう断言できる。

 だから。

 ────君に害を為す存在を、私が斬り払おう。

 強く誓ったその想いを胸に、レザミリアーナはルクスの方へと歩き出す。

 その歩みからは、今まで以上に凛々しさや気高さ、風格が感じられ……

 胸の内には、第一王女としての気高い心とルクスへの力強い愛情を抱いていた。

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