第249話 敵対

◇フローレンスside◇

「バイオレットさん……」


 友好関係を築き始めることのできたバイオレットが、目の前に敵として立ちはだかる。

 それは、フローレンスにとって心苦しいこと。

 だが、ルクスのためにも、不当に命を奪わせるわけにはいかないため、ここで引くなんてことはできない。


「このまま第三王女様を行かせてしまえば、あの男性は第三王女様によって命を奪われてしまいます……バイオレットさんは、それでも良いのですか?」

「今の私は、良い悪いという価値基準で動いているのではありません……私は、お嬢様が望まれた通りに動いているのです」

「第三王女様が望まれた通りに、ですか……」


 そのバイオレットの発言であることを思い返したフローレンスは、そのことを口にする。


「以前仰られていましたね、昔第三王女様に手を差し伸べられ、バイオレット様はその手をお取りになり……だから、私の手を取ることはできないのだと」

「はい」

「……第三王女様やバイオレット様は誤解なされているかもしれませんのでお伝えしておきますが、私は何も命を奪うこと全てを否定しているのではないのです」


 誰かの命を奪うという行為を快く受け入れている……

 というわけではないものの、この貴族社会に置いてそういった行為が必要であることはフローレンスも受け入れている。


「時には、命を奪わねば解決できないような問題もあるでしょう」


 しかし、と続けて。


「命を奪うという行為が、すること」


 優しいルクスを想うが故に、そのルクスの優しさとは反対の行動を取るという矛盾。

 それも小さな矛盾ならともかく、命を奪うという大きな矛盾。


「それだけは、何があっても看過することはできません」

「なるほど……フローレンス様の仰られたいことはよく理解できます」

「でしたら────」

「ですが」


 と、フローレンスの言葉を遮ると、バイオレットは続けて言った。


「私は、フローレンス様のことをこの先へ通すわけにはいきません」

「っ、バイオレットさん……」


 フェリシアーナとは違い、自らの考えに理解を示してくれるバイオレット。

 そんなバイオレットと敵対することは、やはり心苦しいこと……それでも。


「であれば、バイオレットさんには申し訳ありませんが、無理にでも通していただきます」


 力強く言ったフローレンスがバイオレットに対して細剣を構えると、バイオレットが頷いて言った。


「はい────遠慮は無用ですので、どうぞ全力で来られてください」

「元より、そのつもりです」


 手加減をして勝てるほど甘い相手で無いことは、こうして向かい合っているだけでも伝わってくる。

 フローレンスは、地を蹴って立ち塞がるように立っているバイオレットとの距離を縮めると、細剣による攻撃を加え始めた。



◇フェリシアーナside◇

 路地裏奥へ走って行った男のことを、ゆっくりと歩きながら追いかけるフェリシアーナ。

 男は走り続け、後ろを振り返ってフェリシアーナとの距離が開いていることに安堵の表情すら見せていた……が。


「なっ……!?」


 路地裏奥にあったのは、街へとつながる路地裏の出入り口、ではなく────ただの行き止まりだった。

 目の前が行き止まりであることに驚いている様子の男に対し、フェリシアーナは冷たい声色で、そして呆れたように。


「あなたの命を奪うつもりでここに連れてきているのに、逃げ道のある場所を選ぶはずがないでしょう……その程度のことにも思慮が及ばないのに、よくルクスくんの邪魔なんてできたものね」


 そう言うと、フェリシアーナは剣を鞘から抜いた。

 その声と音に顔を青ざめて振り返った男は、両手を前に出して慌てた様子で言う。


「ま、ま、待て!お、俺の命を奪うなど、そんなことが本当に許されると思って────」

「許されるわ」


 冷たく返しながら、全く歩みを止めないフェリシアーナ。

 その手には、剣が握られている。

 男はその後も命乞いを続けたが、フェリシアーナが足を止めることはなく。


「そ、そうだ!今度公爵家のみで行われるパーティーがある!そこで、あんな伯爵家の子供よりも、もっと良い男を────」


 男の目の前までやって来ると、フェリシアーナはその発言に対して目を虚にして、容赦無く男のことを斬り伏せた。

 そして、今は亡骸となった男に向けて無機質な声で言う。


「ルクスくんの魅力もわからず、ルクスくんの邪魔をするような人間……やっぱり、そんな人間に生きている意味は無いわね」


 無感情に言うと、剣を鞘に収める。

 そして、早くルクスの元へ戻るべく、男の亡骸に背を向けて歩き出す。

 静かな路地裏には、フェリシアーナが歩を進めるたびに、コツ、コツという耳障りの良い音が響き渡った。

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