第247話 平行線

◇フローレンスside◇

「……フローレンス」


 無機質な声で、目の前に現れたフローレンスの名を呼ぶと、フェリシアーナは剣を押し込むようにしながら言った。


「邪魔よ、そこを退いてくれるかしら」

「ここを退くわけには、いきません……!」


 フローレンスは、そう言いながらフェリシアーナの剣を受け流した。

 剣を押し込むように力を加えていたため、通常の使い手であればここでバランスを崩されているところ。

 だが、フェリシアーナは剣が受け流されるとすぐに力を込めるのをやめてフローレンスと距離を取った。

 そして、二人は向かい合う……と同時に。フローレンスの後ろに居る公爵の男がフローレンスに向けて言う。


「フ、フローレンス公爵!」


 フローレンスの後ろに居る公爵の男が話しかけてくる。


「俺を助けてくれるのだな!?流石はこの国の公爵家の中でも随一の力を持つ公爵家の令嬢だ!!後で礼をす────」

「戯言を仰らないでください」

「なっ……?」


 冷たく言い放たれたフローレンスの言葉に対し、困惑した様子の公爵の男。

 だが、フローレンスはいつも浮かべている笑みを、顔から消して冷たく告げる。


「私はあなたを助けるという意思からこのような行動を取っているのではありません……むしろ、ルクス様のことを侮辱したあなたのことなど、本来であれば助けたくなどありません」

「な、なら、どうして今、俺のことを助けたのだ?」

「ルクス様のためです」


 答えると、続けてフローレンスと向かい合っているフェリシアーナが言う。


「どうしてそんな奴を庇うのか、私には理解できないわ」

「今言った通りですが、私はこの方を庇っているのではありません……ただ、不当に命を奪われることを防いだだけです」

「不当?その男は下らない理由でルクスくんのことを貶したのよ?それも、ルクスくんを愚かだと言って……ルクスくんを愛しているのならその男を処罰したいと思うのが自然であるはずなのに、そうで無いということはあなたの愛は所詮その程────」

「私もこの方のことは許せません……なので、この方のことは先ほどの営業妨害とも取れる行為や、今までも下の爵位の方とのトラブルを権力で揉み消してきたのでしょうから、そういったものも含めて全て裁きます」


 が、と続けて。


「だからと言って、この方の命を奪うことをルクス様がお望みになられるかと言えば、話は別です」

「その話は前にもしたでしょう、ルクスくんは優しいから、仮に自分に害を為す相手でも許してしまうのよ」

「……」

「もしルクスくんに害を為す人間に対し、私たちまでルクスくんと同じ見方をしていたら、必ず近い将来ルクスくんが危険な目に遭ってしまうわ」

「その意見には同意できる部分はありますが、私は命を奪う必要は無いと主張しているのです……裁くのであれば、もっと適切な裁き方があるのですから」


 ここまで話をすると、二人は静かに互いの目を見つめ合う。

 そして、沈黙の後でフェリシアーナが言った。


「どこまで行っても、あなたとは平行線になるようね」

「そのようですね……だからと言って、このまま引く気はありませんが」

「そう……でも、その男の命を奪うことは決定事項よ」

「ですから、そのようなこと────」

「バイオレット」

「っ……!」


 フェリシアーナがその名を呼ぶと、フローレンスは驚いたように小さく声を上げる。

 と同時に、先ほどまで誰も居なかったはずのフェリシアーナの隣にバイオレットが姿を現した。


「はい、お嬢様」

「フローレンスのことをここで足止めしておきなさい」

「かしこまりました」


 そう言うと、フェリシアーナはフローレンスたちの方に近付いてくる。


「ひっ、ひぃぃぃっ!」


 後ろに居る男は、そう声を上げると恐怖を顔に滲ませて慌ただしく路地裏奥へと走って行った。


「待ちなさい!私の後ろから離れては────っ」


 言いかけた時。

 いつの間にか目の前まで来ていたバイオレットが、フローレンスの細剣を狙うように短剣で攻撃してきたため、フローレンスはそれを受ける。

 すると、その横をフェリシアーナがゆっくりと歩いて行く。


「っ!第三王女様!バイオレットさん、そこを退いてください!」

「申し訳ございませんが、そういうわけには参りません」


 バイオレットが、フローレンスの手から細剣を落とそうとさらに力を込めてきたため、フローレンスは一度バイオレットから距離を取った。

 フローレンスの視界の奥には、路地裏奥へ走って行った男をゆっくりと歩いて追いかけているフェリシアーナの姿があり……

 その手前にはそんなフェリシアーナを背にしているバイオレットが居て、フローレンスは改めてバイオレットと向かい合った。

 今は敵、であると同時に────友人でもあるバイオレットと。

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