第245話 別の場所

「えぇ、一緒に食事をしたあの日以来ね、ルクスくん」

「は、はい……でも、フェリシアーナ様はどうしてこちらへ?」


 王族の人が露店スペースに足をお運びになられるということを珍しく感じた僕がそう聞くと、フェリシアーナ様は答えた。


「もちろん、ルクスくんに会いに来たのよ」

「え!?ぼ、僕に会いに来てくださるためだけに、わざわざ来てくださったんですか!?」

「えぇ、そうよ?」


 続けて、身を乗り出して少し僕に顔を近づけてきて。


「プロポーズした相手の男の子がお店を頑張っているのだと知っていたら、足を運ぶのは当然でしょう?」

「っ……!そ……う、なのかもしれませんね……!」


 プロポーズという、相変わらずあのフェリシアーナ様から僕に放たれるには重たすぎる言葉に様々な感情を抱きながらも、どうにか返事をする。

 フェリシアーナ様は、微笑んでから身を乗り出すのをやめると、続けてフローレンスさんの方を向いて言った。


「……フローレンスも、あの日以来ね」

「えぇ、第三王女様」


 短く返事をすると、フローレンスは間を空けずに言った。


「ご購入なされるお花は決まりましたか?」

「今選んでいるのよ……それとも、あなたは私に早くこの場から去って欲しいのかしら?」

「……そのような意図はありません」

「だったら、もう少しじっくり選ばせてもら────」


 フェリシアーナ様が何かを言いかけた時。


「きゃっ!」


 その後ろから、一瞬だけ女性の悲鳴が上がった。

 何事かと思ったその時────フェリシアーナ様の後ろから、一人の貴族服を着た男性が勢いをつけて歩いてきていた。


「フェリシアーナ様!」


 このままじゃ、フェリシアーナ様にぶつかる……!

 と思ったけど、フェリシアーナ様はその男性のことを華麗に避けた。

 ひとまず、そのことには胸を撫で下ろして安堵する。

 でも、それはそれとして……


「申し訳ありませんが、列にはしっかりと並んでいただかないと困ります」


 目の前に居る、僕よりも二回りは年上だと思われる体格の良い男性にしっかりとそう伝える。

 すると、男性は怒った様子で言った。


「あぁ?伯爵家の分際で、公爵家の俺に、平民も混ざっているこんな列に並べと言うのか?」


 普段だったら萎縮してしまっていたかもしれないけど、今の僕は仮にもこのお店を運営している側の人間。

 それなら、こんなことで怯めない!


「並ぶことに爵位は関係ありません、申し訳ありませんけど、列に並び直してください」

「関係ないわけないだろうが!」


 大きな怒鳴り声を響かせると、公爵と名乗った男性は先ほどよりも怒った様子で続けた。


「いいか?貴族制度があるということは、血筋こそ絶対ということだ!お前は伯爵家の人間だろう?伯爵家の人間なぞが、この俺に意見して不快にさせることなど許されるわけもない!分かったら、大人しく俺に従────」

「さっきから不愉快ね、彼に何か言いたいことがあるのなら、その前に私を通してもらっても良いかしら」

「ぁ……?」


 僕の方しか見ていなかった公爵の男性は、その風格を感じる声を聞いて困惑の声を上げながらも、自分が割り込みを行った人物のうちの一人であるその声の方を向いた────すると。


「だ、だ、第三王女、フェ、フェ、フェリシアーナ様!?」


 口を大きく開いて驚いた様子で言うと、男性は腰を低くして言った。


「こ、これは、フェリシアーナ様……まさかフェリシアーナ様だったとは思わず、大変無礼を働いてしまい申し訳ございません」


 しかし、と続けて。


「私はただ、この物を知らない伯爵家の子供に教育をしてやっていただけなのです」

「……教育?」

「はい、この愚かな伯爵家の子供は、貴族制度というもののあるべき姿すら理解していない……ですから、私が公爵としてその立場と制度について教えてやっていたのです」

「……面白い話ね、詳しく聞きたいから、是非今から別の場所で私にも教えてくれないかしら」


 一見普段通りの声色だけど、今となっては何度か一緒に時間を過ごしている僕には、そのフェリシアーナ様の声がどこか冷たく聞こえた。

 だけど、男性はそれに気づいた様子はなく口角を上げて言った。


「もちろんです、この国のあるべき形について、是非話しましょうぞ」


 小さく頭を下げた男性から視線を外したフェリシアーナ様は、僕の方を向いて言った。


「そういうことだから、ルクスくん、また後でお花を買いに来るわね」

「は、はい」


 僕が返事をすると、フェリシアーナ様は僕に微笑みかけてくれてから、公爵の男性と一緒に背を向けてこの場から去って行った。

 今までフェリシアーナ様とお話させていただいた経験から、フェリシアーナ様とあの人は考え方が合うようには思えなかったけど……

 どうして、フェリシアーナ様はわざわざ別の場所に移動してまで話を聞きたいと思ったんだろう。

 僕がそう疑問に思っていると────


「申し訳ございません、ルクス様、少しの間だけこちらのお店をお任せしてもよろしいでしょうか?」

「それは、大丈夫ですけど……どうかしたんですか?」


 フローレンスさんがどこか口早だったため僕がそう聞くと、フローレンスさんはいつも通り微笑んで言った。


「大したことではありません……すぐに戻りますので、ご安心ください」

「……わかりました」


 返事をすると、フローレンスさんはフェリシアーナ様たちが歩いて行った方角と同じ方角に向けて走って行った。


「……」


 何が何だかわからなかったけど、僕は並んでくださっているお客さんにトラブルが起きたことを謝罪してから再度接客を再開した。

 フェリシアーナ様とフローレンスさん……お二人とも、大丈夫かな。

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