第243話 即座

「し、死ぬだと!?公爵家の私に対しそのような発言をすることが、許されると思っているのか!」

「ルクスの邪魔をする人間なんて、貴族だろうと平民だろうと、王族だろうと等しく生きてて良いわけ無いんだから、許されるよ」

「っ……!?」


 無機質な声で放たれた言葉には真実味しか含まれておらず、公爵の男は顔を青ざめる。

 そして、自らの死を身近に感じ始めたことによって反発的態度を取るのをやめ、手のひらを前に突き出して言った。


「ま、待ちたまえ!わ、私とラーゲの繋がりや私の目的すら知っているということは、君も貴族、それもかなり良い生まれの者なのだろう?」

「だったら?」

「今、この国は深刻な事態に陥ろうとしているのだ」


 続けて、男は身振り手振りをしながら。


「今はそこまで影響が出ているわけではないが、学力試験や剣術大会という場に続き、今回貴族学校で行われている商業体験、そして今後行われるであろう催し事でもあの伯爵家の子供なぞが好成績を収めてしまうようなことがあれば、我々高位の貴族たちの立場を揺らがしかねん!」

「……で?」

「君も高位の貴族なのであれば、私たちと共に貴族のあるべき姿を取り戻すべく、あの伯爵家の子供に身の程を教えてやろうではないか!」


 上手く流れを持って行くことができたと感じたのか、公爵の男は先ほどまで顔を青ざめ冷や汗を流していたのが嘘かのように力強く言った。

 そんな力説を最後まで聞いたエリザリーナは────


「……はぁ」


 と、ため息を一つ吐いた。

 予想と違う反応が返ってきたことに、少し困惑の色を見せる公爵の男。


「もしかしたら何か別の情報も話してくれるかなって思って黙って聞いてたけど、結局最後の最後まで下らない話だったね」

「何……!?今の話を聞いても尚、下らないというのか!?」

「下らないよ」


 力強く言うと、続けて同じく無機質な声で。


「ルクスがどれだけ頑張ってるのか、優しい子なのか、努力家なのかも知らないくせに」


 ────今回だって、ルクスは苦手な交渉ごとを苦手なりにも頑張って勉強してた……優しいルクスには似合わない分野でも、頑張ってた。


「その優しさや頑張りを、そんな下らない爵位意識のせいでなんて、絶対に邪魔させない……ううん」


 ────そうじゃなくて。


「ルクスの邪魔なんて、誰にもさせない……そんなことする奴は、私が全員処理してあげる────今から、君にするようにね」

「っ……!な、何なのだ、何故そこまで、あんな伯爵家の小僧の味方を────」


 公爵の男がそう言いかけたとき。

 エリザリーナは洗練された動きで赤色のフードの中から弓を取り出すと、瞬きを一度できるかどうかほどの時間で弓を引いて男に向けて矢を放った。


「ぐああああああっ!!」


 至近距離だったことやエリザリーナの動きが洗練されていたことに加え。

 お世辞にも体型が整っているとは言えない体型をしていた公爵の男にその矢を避けることなどできるはずもなく、矢に射抜かれた男は苦悶の声を上げた。


「あ、ムカついたせいですぐ死ねないところ狙っちゃった」


 ────ダメだよね……これはルクスのための処理で、ルクスならきっとどんな相手だって苦しませたりはしないんだから。

 思い直したエリザリーナは、照準を定め直し。


「これがルクスの優しさだよ」


 そう言いながら矢を放つと、公爵の男は声を上げる間もなく次の瞬間には地に伏し、即座に亡骸となった。

 が、エリザリーナの頭には、もう亡骸となってしまった目の前の男は無い。

 頭の中にはルクスのことだけを思い浮かべると、目に光を戻し、先ほど購入した花束を懐から取り出す。

 すると、その花束を優しく抱きしめて、頬を赤く染めながら呟いた。


「はぁ、ルクス……大好きだよ────ずっとずっと、私が守ってあげるからね」


 その後、しばらくの間。

 エリザリーナは花束をルクスに見立てて抱きしめ続け、自らが抱いているルクスへの愛を感じ続けた。

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