第239話 商業体験前日の夜

◇フェリシアーナside◇

「────以前、ロッドエル様の周囲を見張っている最中、怪しげな動きを見せている男子生徒を五人ほど確認したというお話を致しましたが、その方々のことはフローレンス様が対処してくださったようです」

「そう」


 ルクスの貴族学校終わり。

 バイオレットからの報告を受けたシアナは、続けて呆れたような声で言った。


「あの女のことだから、どうせ命を奪うことはしなかったのでしょうね……ルクスくんに害を為そうとする存在なんて、生きていて良いはずがないのに」


 その言葉に対して、少し間を空けてからバイオレットが言った。


「ですが、彼らの無力化には成功していると思われますので、今集中すべきは無力化された方々ではなく明日の商業体験のことだと思います」

「えぇ、わかっているわ……明日は、何が起きてもルクスくんを守るわよ」

「はい、お嬢様」



◇エリザリーナside◇

「明日は、ようやくルクスの商業体験の日だ〜!」


 嬉しそうな声を自室に響かせたエリザリーナは、続けて言う。


「楽しみだな〜!ルクス、ちゃんと教えてあげたことできるかな〜!覚えに関してはすごく良いけど、性格上交渉とか苦手そうだから難しいかな〜!もしできなくて落ち込んじゃったとしたら、ちゃんと私が慰めてあげよ〜!」


 商業体験のことだけでなく、その先のことまで考えているエリザリーナ。

 だが、しっかりと商業体験のことも忘れない。


「そうだ!聞いた話だと、貴族学校の商業体験って、売上で順位制なんだっけ!じゃあ、もしかしてルクスに貢げるってこと!?確かお花屋さんっていう話だったけど、ルクスがお花オススメとかしてくれるのかな?そんなの買わないとか絶対無理!ルクスにオススメなんてされちゃったら絶対全部買っちゃう〜!!」


 それからしばらく明日の妄想を繰り広げていると、エリザリーナは焦がれるように頬を赤く染めて言った。


「はぁ、ルクス────あとちょっとだよ、商業体験が終わって、その時が来たら、私はいつでもルクスの傍に堂々と居られるようになる……一緒に過ごせる時間が、今から楽しみだね」



◇レザミリアーナside◇

 月明かりに照らされた夜空の下。

 レザミリアーナは、王城の訓練場で剣を振るっていた。

 その剣筋は傍目から見ればいつも通り鋭く映るかもしれないが、レザミリアーナ本人にしてみれば……

 いつもよりも、数段切れが悪いものだった。


「っ……」


 一度剣を振るうのをやめると、暗い声色で言う。


「いけないな、君のことは諦めると決めたにも関わらず、私はまだ……」


 ふとした瞬間に、ルクスのことを思い出してしまう。

 今まで感情に振り回されることなく生きて来たレザミリアーナが、これほどまでに感情によって振り回されてしまっているのは、それだけルクスのことを想っているからだ。

 ……が、レザミリアーナがどう思おうと、もはや関係はない。

 レザミリアーナが何を思おうと、ルクスと結ばれることは、もう無いのだから。


「明日の商業体験で君と会って、話をしたら……それを選別として、私は君のことを忘れよう……この国のためにも、忘れないと、いけないんだ」


 そうすることが自分にとって最善なのだと言い聞かせながら、レザミリアーナは再度剣を振るい始めた。


「……」


 ……剣を振るたびにルクスの顔が頭に浮かぶ。


「……私に、君のことを、忘れることなど……っ」


 だが、現実はどうしようもない。

 第一王女として生を受けたレザミリアーナに、国よりも自らの感情を優先することなどできない。

 そんな、どうしようもない現実に無力感を覚えながらも、レザミリアーナはその無力感に抗うように、必死に剣を振り続けた。

 そして……いよいよ。

 ────ルクスを巡る各人の思惑が交錯する、商業体験当日となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る