第232話 真逆

「エ、エリザリーナ様とお二人で勉強、ですか!?」

「うん!交渉は私の得意分野だし、商業だって知識あるから色々と教えてあげられると思うよ?」


 確かに、エリザリーナ様はその信じられないぐらいの手腕によってこの国の調停を成立させている。

 そのおかげもあって、この国には目立った貴族の家同士の対立といったものはほとんどない。

 これがどれだけすごいことかは言うまでもないから、そんなエリザリーナ様に教えていただけるならとても嬉しい。

 だけど、それ以上に。


「僕なんかのために、エリザリーナ様の貴重なお時間をいただいてしまうなんて申し訳ないので、大丈────」

「ルクスは僕なんか、なんて言ったらダ〜メ!ルクスはとっても頑張ってるんだから!ほら、あっちの机で一緒に勉強しよ?」

「ま、待ってください、エリザリーナ様も、先ほど本棚の方を見てたので本当は読書をしに来たんじゃないですか?」


 だとしたら、やっぱり僕のせいでエリザリーナ様の本来の目的を邪魔してしまうのは申し訳ない。

 と思った僕に対して、エリザリーナ様は首を横に振って。


「今日はたまたまこの図書館に公用があったから、なんとなくここを覗いてみただけだよ……それに、今更私に交渉術の勉強なんて必要だと思う?」

「それは……」


 一つの国を調停しているという実績を持っているエリザリーナ様にそう聞かれたら、当然……


「必要無い、と思います」

「そういうこと!わかってくれたなら、今から私がルクスに二人っきりで勉強教えてあげるってことで良いよね?」

「はい……でも、本当に良いんですか?僕と二人でなんて────」

「はいって言って頷いてくれたし、ルクスがこれ以上言わなくても良いようなことばっかり言っちゃう前に、机の方に連れて行っちゃうよ〜!」


 そう言うと、エリザリーナ様は僕の背中を机の方に向けて押す。

 最近、フェリシアーナ様やレザミリアーナ様とお話させていただいたからこそ思うけど、やっぱりエリザリーナ様は王族の人の中でも全く雰囲気が違う。

 お二人も話していてとても楽しいし、もっとお時間を過ごしたいと思っているけど、エリザリーナ様はお二人には無い種類の明るさがあって、とても話しやすい。

 エリザリーナ様のこういったところも、この国の調停を可能にしている理由の一つとしてあるのかな。

 なんてことを考えながらもエリザリーナ様に背中を押されていると、目の前にまでやって来た机前の椅子に座らされ、エリザリーナ様はそんな僕の隣に座った。


「ちょっと距離あるから、詰めちゃうね」

「っ……!」


 と言うと、エリザリーナ様は椅子の間を縮めてきて、その距離はあと少しで肩が触れそうなほどとなった。

 僕は少しだけ心拍を早めたけど、これも勉強のためだとすぐに心を落ち着ける。


「じゃあ、早速一緒に勉強しよっか!とりあえず、この本の最初のページから一区切りつくところ辺りまで、通しで教えてあげる!」

「あ、ありがとうございます!」

「うん!それなら、まずはここからだけど────」

「なるほど……でも────」

「あぁ、そこは────」


 それから、エリザリーナ様はとても親身に、細かく丁寧に僕に商業について教えてくれた。

 ……その教え方や所作から、本当にエリザリーナ様が優しい人なんだということを感じることができた。

 そして、一区切りがつくところまで教えてもらい終えると。


「────みたいな感じかな!どう?どこかわからないところとかあった?」

「いえ!エリザリーナ様がとても丁寧に教えてくださったので、とてもよく理解することができました!」

「そっか〜!それなら良かったよ〜!」

「はい!途中から、僕のわからないところを先読みするように教えてくれていたりして、本当にすごかったです!」

「ルクスは素直で良い子だから、駆け引きが関わってるところとか、悪いことをする人を防ぐためのルールとかも、そもそもルクスがそういうことをする発想が無いから頭に入って来づらそうなのが最初の方で見てわかったからね」


 最初の方はそこまで難しくなかったから顔に出てしまっていたつもりはないけど、細かいところまで読み取れるエリザリーナ様は本当にすごい人だ。

 と思っていると、エリザリーナ様は暗い声で呟いた。


「駆け引きが苦手……私とは、真逆だね」

「……エリザリーナ様?」

「ルクスも知っての通り、私はこの国を調停してる……交渉術に心理学も応用して、心理誘導したり、場合によっては王族の権利も使ったりして、常に頭の中で最善を考えてね」


 続けて、珍しく顔を俯けると、再び暗い声で言う。


「私は、本当に打算的な人間なの、ルクスと違って目的のためならどんなことだってするし、できちゃう……今ルクスに勉強教えてあげたのだって、もしかしたら────」


 さらに続けて顔を上げると、僕の方を見て訴えるような目で聞いてきた。


「ねぇ、ルクス……私みたいな打算的な人間は、ルクスの傍に居ない方が良いのかな?その方が、ルクスは幸せになれる?」

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